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ゴルゴのお話

「おまえたちはゴルゴとカムイで大きくなったんだよ」

子どもの頃、弟と私に父がよく言っていた言葉だ。
父は、マンガ広告をデザインする仕事をしていた。
いちばん忙しかった時期はバブルの頃で、その頃のマンガは紙が主流。
マンガ出版業界のデジタル化はまだまだで、だからこそ、アナログな父が腕一本で仕事が出来た。

父が担当したのは『ゴルゴ13』(さいとう・たかを)と『カムイ外伝』(白土三平)が多かったようで、電車内の中吊りポスターや、書店での販売促進のためのポスター、コミックや週刊誌の巻末にある次号予告などをデザインしていた。

父がひとりでやっていたデザイン事務所は、神田の神保町にあった。
仕事の資料として置いてある大量のマンガ。
いくつものスチール本棚にぎっしり詰まったその量は、小さめなマンガ喫茶くらいだったと思う。
小学生の私は、学校が学校行事で平日代休になると、父の事務所に連れて行ってもらった。
仕事をする父の横でマンガを読み続け、ランチは神田の美味しい店に連れていってもらうという贅沢な一日を過ごした。

父は、マンガ週刊誌を自宅に持ち帰ってきた。
『ビックコミック』は大人向けの内容のマンガが多い。
「こんなの子どもが読んじゃダメ」と一度も言われないまま、弟と私は、大人っぽいシーンのあるマンガ(「まぼろしママ」(小島功)や「土佐の一本釣り(青柳裕介)など)を読みながら育った。
私はゴルゴ13の女性とのラブシーンも見逃さなかった。
情事を終え窓辺にたたずむゴルゴの後ろ姿を見ては、へぇ、こんなパンツ履いてるんだ、と思っていたおませな小学生女子だった。

◇◇◇◇◇◇

「さいとう・たかをさんが亡くなったって!」

ネットニュースで知った訃報を教えてくれたのは弟。

84歳だったんだね。
でもゴルゴはまだ続くそうだよ。

そんな会話をしながら、私は父のことを思い出していた。
お父さん、もう知ってると思うけど、さいとう先生もそっちに行かれたよ。お父さんと同じ9月だね。

父とさいとう先生は一度も面識はないはずだが、ゴルゴ13のおかげで父が仕事がもらえ、私たち家族も暮らしてこれた。
ゴルゴは私にとって特別な存在で、これからもそれは変わらない。
「ゴルゴとカムイで」の言葉は、父の声でずっと耳に残っている。


夫と結婚して、我が家のマンガ量はますます増えている。彼もまたこの業界に関係した仕事をしているせいもある。

我が家のマンガ書棚のある空間は、うちに遊びにきたマンガ好きな友人たちには好評だ。
大人になっても好きなものは好き。この人はこれが好きなのかと、マンガに集中する友を眺めるのも楽しい。

その中でなかなか手には取られないのだが、今日もゴルゴ13フィギュア(夫の私物)がコミックの上で目を光らせている。

さいとう・たかを先生のご冥福をお祈りします。



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