沙弥郎さんとそのバターケース
柚木沙弥郎さんを私が知ったのは、2020年の『日曜美術館』(NHK)の番組だ。
沙弥郎さんの訃報を知り、数日が経つ。
昔働いていた日本の古布やアンティーク着物を扱う店では、「スタッフは日曜の朝に『日曜美術館』をみるように」とオーナーから言われていた。
そこで紹介される画家、陶芸家、造形家、染色家、ものをつくる人たち、取り上げられる展覧会、イベント、美術館情報は、私達の仕事に関係が深いものがあるから。
知識のみならず感性を磨いて欲しい、という思いもあったのだと感じる。
お客様との会話で、
「先週の、みた?」
「アレ(日曜美術館)に出ちゃうと(美術館)が混むのよ、困るわよね」
というような事がしばしばあった。
分かりませんではなく、すぐに話が合わせられるように。
『日曜美術館』は両親がみていた。
私には馴染みのある番組だった。
店のお客様たちが好きそうな展示や催しがあると、休みの日に足を運んだ。
接客のためというより、自分の関心や直感を手がかりにした。
民藝館や弥生美術館、Bunkamuraのミュージアム、庭園美術館、森美術館……出不精な私にしてはよく行ったものだ。
仕事をやめ、『日曜美術館』からも骨董や美術館からも、ずいぶんと足が遠のいた。
オーナーが言うところの感性(あるのかないのかは不明)は、日に日に、年々と、私のなかで隅の方へ追いやられていく。
寂しいことだが、仕方がないとするあきらめもあった。
美しさを感じるとは、何だろう。
かつて自分にあった、心の震えは何だったのだろう。
私はほぼ毎日、階下に住む母のところに顔を出している。
4年前の日曜の朝、ちょうど『日曜美術館』がついていた。
柚木沙弥郎さんの特集だった。
「別にみたいわけじゃないの、音がするし、つけているだけ」
母は、気になる言葉のメモをとったりしている。
(昔のおばあちゃん達は、ラジオやテレビからよくメモをとっていたと思う)
「このおじいちゃん、素敵ね」
仕事をしている、作品、ご自宅の様子、16歳から柚木工房で働く助手の中込理晴さん。「彼がいるから、出来るのです」と沙弥郎さん。
画面に映し出される沙弥郎さんの日常は、静かに力強い。
それは作品とよく似ている。
作品を、どこかで見ているように感じた。
どこだろう、思い出せないのだけれど。
番組中、最も印象的だったのは食事シーンだった。
95歳一人暮らしの沙弥郎さんが、きつね色に焼き上がった厚めのトーストを木の皿によそる。
琺瑯のケースからバターナイフで切り取られたバターが、トーストの上で溶けだす。
珈琲の入ったマグカップ。
食卓で、一人ゆっくり食事をとる光景。
きれいだなぁ、美しいなぁ。
作品も暮らしもご自身も美しい。
その日のうちにAmazonで本を購入した。
届いた本を穴があくほど眺めたかというと、そうではなかった。
本棚の背表紙と目があった時に取り出して、気ままにページを繰る。
しまわれたまま、ずっと手にとらない年もあった。
家の中に沙弥郎さんの本がある安心感。
番組でみた場面が、よみがえる。
久しぶりに心が震えて、美しいと感じた自分も。
生きて、作品をつくり、生きていく。
柚木沙弥郎さんのご冥福をお祈りします。
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