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時間なんてどうでもいいんだよぉ心配していたんだよぉ

2022年の年末に、五島列島へ2泊三日の1人旅に出かけた。目的は山本二三美術館。それから静かな海を見たかった。NHKの連続ドラマの撮影地であることは現地の人に聞いて知った。
山本二三氏は、アニメーションの美術監督であり、ジブリ作品やじゃりん子チエ、時をかける少女といった有名な作品の背景画で知られる。私は幼少期からジブリ作品が大好きだった。尊敬する高畑勲氏が亡くなった後、高畑勲展へ何度も足をはこんでいたら、そこで展示されていた山本二三氏の絵をもっともっとたくさんみたいと思うようになった。
しかし、山本二三氏の出生地にある山本二三美術館は、長崎県南西の列島にあり、飛行機を乗り継ぐか船で上陸することになる。私の住まいから計画を立てると早朝から動いても移動だけで丸1日を費やすスケジュールだ。普段2連休以上の公休を取りづらい職場であったことと、海外へ行けるほどの費用がかかるため、機会をうかがうままに数年が過ぎた。
そうしている間に新型ウイルスによる状況変化が訪れた。私は、新型ウイルスが発生したちょうどそのタイミングで、管理職へ昇進していた。突然の辞令だった。激務になるため気が進まなかったが、拒否権はなかった。長年の持病があり、3ヶ月おきの通院と数年おきの入院を控えているから辞退したいと申し出たが、良いからやれ。まずやれ。としか返ってこなかった。そして案の定からだを壊した。2022年の春から長期的な治療を始め、2023年の1月に大きな手術をすることになった。それでやっと管理職を下ろしてもらえた。

私は、もしかしたら体が自由なうちに飛行機で旅行に行けるのは最後かもしれないと思った。いくら値段が高くても良いから、五島列島に行くなら今だ。それで、入院直前の年末の連休に飛行機を予約した。

そして、飛行機に乗る10日前に、職場で新型ウイルスが蔓延した。過半数が罹患。もちろん私も感染した。そして自宅待機のまま年末の連休に突入したのだった。

症状は治って待機時間も満了したものの、年末に近づいたらゆっくり海鮮のお店や観光スポットを探そうと思っていた計画は遂行できないまま、その日が来てしまった。とりあえず、本当に取り敢えず朝6時代のバスに乗り、新幹線に乗り、飛行機を乗り継ぎ、五島列島に降り立った。福岡空港での乗り継ぎが慌ただしく(国内乗り換えフロアがパニックだとニュースにもなっていた)大変混雑していて、新幹線の中でおにぎりを食べたきりだった私はとても空腹だ。

乗り換えた飛行機の中から、海に沈んでいく夕日を見た。小さな島や岩場にオレンジの反射光がきらめいている。私は夢中になって写真を撮っていた。とてもきれいだった。

隣に座っていた男性は見慣れていたようで、窓に張り付いていた私はいかにも観光客だった

到着は18時半頃だった。
驚くほどに小さな空港で、ローカル電車の小さな駅のような待合室に、久しぶりに帰省する孫をまっているような雰囲気の人々が十数人待機している。一番前の座席を予約していた私は故に一番最初にその待合室へ足を踏み入れてしまい、誰の目にも迎え入れられていない雰囲気を察してとても気まずかった。その飛行機に、一人旅目的で乗っていたのは私だけのようだった。観光マップを手にとって、急いで外に出た。タクシーを拾う。

目的地のホテルを告げて「ホテル周辺に食事の美味しいお店はありますか?」と尋ねると、「あるけど予約しないともうこの時間は入れないよ」という。どの店も前日に予約をしないと入れないという。そんなバカなと思った。けれどホテルまでの行く道は真っ暗で、さもあらんという静けさだった。ホテルに着いてフロントの女性に、レストランで食事ができますか?と恐る恐る尋ねると、今から予約すれば30分後にご案内できますという。ほっとして荷物を置いてから、レストランでサラダとスープと海鮮パスタをたべた。ものすごくおいしかった。

周辺にコンビニはない。目の前が港で、時折船の汽笛が聞こえてくる。聴き慣れない音なので少し怖い。窓を開けて空気を入れると風はやわらかく、地元のひんやりとしたな空気とは別物だった。なんの計画もなく、今私は日本列島から離れて南端にいる。

きれいなブルーが
たくさん使われていて好きだ
きっと次もこのホテルに泊まる

翌朝ホテルで朝食を食べ、早速山本二三美術館へでかけた。歩いていくと、途中に福江武家屋敷通りを通る。不規則な四角形の石が積み重なった上に丸い石で縁取られた塀が並んでいる。その塀の向こうに今どきなアパートが佇んでいたりして面白い。車が通らないので右に左にふらつきながら歩いた。

武家屋敷の門構えの向こうにアパート
まるいいし。


二三美術館は、誰もいなかった。年末最終日早朝で、私の貸切だった。帰り際にひと組の初老の夫婦とすれ違っただけだった。数百円で目的を満喫し、私の長年の目標は達成され満足だった。

美術館そのものが
武家屋敷をそのまま利用している
のに絵に夢中で天井を見なかったのが心残り

まだ昼前で、時間を持て余した私は美術館を出て目の前にある福江武家屋敷通りふるさと館という施設へそのまま入っていった。とても人当たりのいい女性が、NHKのドラマを見てきたんですか?と聞いてくる。そのドラマを申し訳ないが見ていなかった。自分がいる場所が役者さんたちの控え室になっていたのだという。
椿ねこというキャラクターのことを知った。やる気のない感じのシンプルなねこのイラストが可愛い。幾つかグッズを購入してから、温かいものを飲みたいと思った。

やるきのないネコ
どうやら酔っ払っているらしい
椿ねこの目よ…


ふるさと館に併設する喫茶店ではおばあちゃんが
1人で年末の大掃除をしていた。私が入っていってもおばあちゃんは掃除を続けながら色々話しかけてくれた。NHKのドラマを見てきたの?えっ山本二三美術館にきたの?山本先生は偉いよねえ。有名になって。
私は一度も島を出たことがないんだよ。仙台から来たの?孫が仙台の大学に、通っているよ。これからどこいくの?

目的の美術館を見てしまったので、このあとなんの予定もないんですと話すと、ふるさと館にいた女性が空港になかったパンフレットをたくさん出してきて、おすすめの場所を幾つも教えてくれた。家族とここにいって楽しかったよとか、海ならここの海岸が綺麗だよとか、NHKの撮影でここを使ったんだよとか。私は残りの1日半で、彼女のおすすめの場所へ行くことにした。人気のハンバーガーショップ、教会をいくつか、それから博物館、道の駅、海。

一度ホテルに戻って一休みしながら、バスの本数の少なさに驚いた。レンタカーを借りられたらいいのにと思った。ホテルの隣のレンタカー屋に行って、3時間でいいから貸して欲しいと言うと、「うちは1日単位だし今日は空きがないんですけど、となりの●●レンタカーさんは3時間で貸してくれますよ」と笑う。親切だなあ。

早速電話してみたら、おばあちゃんがでて「ちょうど今戻ってきたのがあるから貸せるよぉ」という。
借りに行くと、狭い事務所の中で電話に出たらしきおばあちゃんが手書きの台帳に名前や電話番号を書き入れて待っていてくれた。カードで払おうとしたら、「私、現金が好き!」と言われてしまい現金で払う。なんかこの島、ゆるいなあ。

そのレンタカーで、教会を3ヶ所と博物館と道の駅とスーパーを回った。どう考えても過密スケジュールだった。急いで最寄りのガソリンスタンドへ行き、カードがいいのか現金がいいのか、早い方にしてほしい急いでいるからと話すとやはり現金がいいと言われる。あまりに私が急いでいるのを察して、スタンドのアルバイトはびっくりした様子で会計をしてくれた。レンタカー屋さんの駐車場に停めてから、給油口が開きっぱなしでガソリンがチャプチャプ言っていることに気がつき私もびっくりする。急いでキャップを閉めて事務所へ走って行き「ギリギリになってすみません!」というと、おばあちゃんがゆっくり出てきて「時間なんてどうでもいいんだよぉ心配していたんだよぉ」という。
私は泣きそうになってしまった。

仕事で毎日あくせくしていた。
夜は部下を帰らせた後1人で夜中まで残務処理をし、帰って失神するように寝て、翌朝無理やり体を起こして仕事へ出かけていた。休日は体が動かなくて夜まで寝ていて、なんとか起きたら洗濯をして、寝た。考えたら止まってしまい二度と動けなくなるような気がして、いつも泣きたい気持ちを我慢していた。夜、職場の駐車場のチェーンを閉める時がいつも虚しかった。なぜ私はこんな時間に1人でこんなところにいるんだろう。これから帰ってシャワーを浴びて、そしたらもう疲れて眠るだけだろう。何もする気力も時間もなくて、なんで私はこんなに働かなければいけないのだろう。チェーンがすべる数秒間、カラカラという音を聞きながらいつも考えていた。その時だけが私という生き物に還れる時間だった。

時間なんかどうでもいい。
心配していたよ。
この言葉で、俯いてチェーンを閉めている私がワァ!っと泣き出してしまいそうな映像が頭に浮かんだ。どうしてそんなに優しいんだろう。ふるさと館の人も、スタンドのお兄ちゃんも、このおばあちゃんも。
ふるさと館のおばあちゃんは、ドラマの撮影にやってきた俳優さんをみて、とても嬉しかったんだろう。私はドラマも俳優さんもわからなくて共感してあげられなかった。うちは空いてないけど隣ならと教えてくれて笑った女の子。親切な可愛い女の子。急いで早く!と焦らせて、給油口のことすら忘れさせる剣幕だった私。アルバイトのお兄ちゃん、怖かっただろうな。おばあちゃん、そんな私のことを心配していたんだって。私のことしか考えていない私のことを。
胸がいっぱいになって黙っていたら、ホテルまで送って行くよぉとおばあちゃんがにこにこしている。すぐ目の前だからいいです歩いて行きますと丁寧に辞退するが、いいから乗って乗ってと車に移動していった。慌てて荷物を持って後ろに着いて行くと、ゆっくりでいいんだよぉ、慌てないでいんだから。と私の顔をのぞくようにした。
そしてシートベルトもしないで発進して、向こうから来た車にクラクションを鳴らされた。おばあちゃんはゲラゲラ笑う。「ベルトすんの忘れたぁ!」クラクション鳴らされてることは気にしない。「どっからきたの。私はね、いちど本土に出たけど戻ってきたのよ。船のね、免許も持ってるよ。この島で、免許持ってる女は私だけだろうなぁ。元気でいようね。お互いにね。」たった数百メートルの距離で、それだけ話して車を降りた。見えなくなるまでそこにいた。
どうか彼女とそのご家族が、平穏無事で、長生きしますように。と、心から思った。

自宅へ戻ってきても、おばあちゃんや島の人たちの時間が忘れられない。ハンバーガーショップの店員も、ドラッグストアのレジのスタッフも、空港のスタッフも、ゆっくりしていてテキパキはしていない。悪い意味ではない。それが人間の正常なんだと思った。急いであくせく慌てている私は、時間に追われている。時間に追われてまでやることを詰め込むのが当たり前の世界にいるから。それは異常な暮らしだと思った。体の悲鳴を無視して、何のためにそうしていたのだろう?

レンタカーで列島の北端にある堂崎天主堂キリシタン資料館へ行き、さらにその先にある海岸で、しばらく海を見ていた。静かでなにもない。だれもいなかった。打ち寄せる波の音を聞きながら、虐げられたキリスト教徒がこの海岸を歩いただろうかと想像した。私は人生をかけても終わらなそうな仕事に毎日追われている。それだけの膨大な時間を仕事に費やしても、今いるこの島のこの場所の歴史を何も知らない。今見えている対岸の島の名前も知らないし、あそこにある銅像の人物が何をしたからそこに今も在るのかわからない。
私のこなす仕事に、一体なんの意味があるのだろう。
そんなことよりこの波の音や、肌にあたる風や匂いや、静けさを知ることの方が大切なように思えて仕方がなかった。
おばあちゃんの、時間なんかどうでもいいんだよぉ。心配していたんだよぉ。が、私の心から離れない。そんな大切なことが、信じられないのだ。時間がどうでもいいとか、他人を心配するということが。
それほど私の心は失くなっていたのだ。

ずっとみていた海


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