Triangle 【曲からチャレンジ】⑥最終日


8月6日に寄せて。

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ボランティアで事務を手伝っている女子大学生が、ディスプレイ上のExcelを見ながら須田に声をかけた。
「須田先生、このひと…」

須田は読んでいた資料から目をはなし、彼女に近づいてExcelを覗きこむ。

「この、毎月寄付してくれる女のひと、今月はいつもより多いですね。いいことでもあったんですかね?」
須田は寄付者リストの中のその名前をちらりと見て、言った。
「いや、その反対じゃないかな…」

「え?」女子大学生が顔を上げて須田を見る。「お知り合いなんですか?」
「昔、ちょっとね」

このNGOの代表理事である須田は、内科医でもある。1年のうちの何ヶ月かをフリーランスの医師として働き、資金が貯まったら紛争地での医療支援を行う。
今日の理事会が終わったら、明日からまた中央アフリカへ向かう予定だ。

会議室とは名ばかりの古いビルの一室で理事会が始まった。
理事や監事といった役員に、ボランティアの若い面々が揃う。

活動報告や会計報告が終わり、須田が前に出た。

「皆さん、いつもご協力ありがとうございます」
須田は、壁に貼ってある世界地図を背にして話す。

「我々のような小さな組織は単独では何もできません。これからも国連や大規模NGOと協力しながらの後方活動になると思います。この地域も…」

世界地図のアフリカ中央部を指でトンと突く。

「以前にくらべれば政情も落ち着いてきましたが、まだまだ予断は許しません。
何度も言いますが、現地に行く皆さんは決して死なないでください。
我々は紛争地で命の危険にさらされている人たちを救うために活動をしていますが、そのために我々が死んでは絶対にいけません。
身の危険を感じたら、すべてを捨てて逃げてください」

須田は静かに話を続ける。

「生きて帰ることが、この理不尽な状況を強いている大きな何ものかに対する圧力となるはずです。
だから皆さんも、日本で待つひとのために必ず生きて帰ってください」

そこにいる全員が須田の顔を見つめている。

須田もひとりひとりの顔をゆっくり見回しながら、もう何年も会っていない懐かしいひとの顔を思い浮かべながら、小さくうなずいた。


ピリカさま主催の【曲からチャレンジ】企画、本日で終了です。
ピリカさま、楽しい企画をありがとうございました!

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