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高校3年 秋④ 秋に訪れた春

受験勉強とささやかな反抗が連続する日々を過ごすうちに、気付けば冬を間近に迎えていた。

もうまもなく雪の降る頃。

受験まで残りわずか。

卒業もあっという間だ。


そもそも受験勉強なんてものがそこまで好きになれなかった僕は、あいも変わらず偏差値の低空飛行を続けていき、この頃にはいよいよ行ける大学の選択肢は狭まってきていた。

焦る気持ちは大いにあるけれども、ここからの大逆転も現実的ではない。

まぁ、まずは行けるところに行くだけだ。

そんな思いで特になにかに熱中するわけでもなく、淡々と過ごしていた。

そんな毎日の中で、僕の心の支えになっていたのはアリの存在だった。

春の合宿でながぶーのおかげで仲良くなったアリだが、彼女は僕の家から1時間ほど離れた地方都市にある高校に通っていた。

高校生には簡単に会える距離ではないが、毎日のやり取りで彼女がどれだけ真面目でステキな子なのかは痛いほどに伝わっていたから、この頃にはアリのことが好きになっていた。

だけど、

僕はなかなかこの想いを口にすることが出来ないでいた。

理由は明白。

離れる者と、残る者。

地元を離れて新たな環境に行くと、人は今までの暮らしを見なくなるということを僕はこれまで身に染みてよく理解していたからだ。

僕はそうじゃないと思いたい。

でも

僕も地元を離れて新しい生活を始めたらそうなっちゃうんだろうか。。。

実際に行った人じゃないとわからない。

ただ、過去のトラウマが脳内にべっとりとこびりついた僕には、新天地へ移ることで今の気持ちが薄れていくことに対する恐怖がかなり強く存在していた。

離れていても変わらず気持ちを持ち続けるカップルが世の中にたくさんいるのに、冷めることを恐れている自分がなんとも情けなくて悲しかった。


そんな葛藤を抱えながらも毎日やり取りを続けて、4月からの不安はあるもののアリのことが好きで仕方なかった僕は

自分の気持ちを確かめる思いと、そしてなによりアリに会いたい気持ちが抑えられなくて片道50kmの距離を会いにいくことにした。

これまで部活だったり文化祭に来てくれたりとか、みんなで遊びに行ったりしたことはあったけど

2人きりで会う、初めてのデート。

とても緊張した。

アリの学校がある街は歴史も深い趣のある土地で、実は僕の父が単身赴任で働いているところだった。

デートで父に会うのは正直恥ずかしい。

ちょっとだけ、そんなことを思いながら電車に乗って向かった。

ゲームセンターでクレーンゲームをしたり、カラオケに行ってもはや持ちネタとなった及川光博の悲しみロケット2号を歌ってみたり

くだらないことで笑ってくれる姿を見ていて

大事にしたいなと思った。


ずっとこんな感じで穏やかに過ごせたらいいな。

そんなことを想いながら、街で流行っていたこの歌を歌った。


そしてその日、僕にはしばらくぶりに彼女ができた。

彼女はもともと地元に残る気でいたようだけど、僕の進学先に合わせて地元を離れようかと考えていたと言ってくれた。

でも、僕と一緒に過ごすためだけに夢をあきらめてほしくはないから、そんなんで将来の選択を決めたらいけないと叱った。

出来ることなら僕だって一緒にいたい。

でも、将来の夢を僕のために諦めてしまうなんて、そんなこと望んでいない。

アリには、アリの未来のための道を進んで欲しい。

それでもアリが地元で待ってると言うなら、きっと僕は大学卒業後は地元でやれることを探すだろうし

アリが都会へ出るならば、僕も都会でやれることを探すだろう。

まぁ、僕が浪人でもしたら元も子もないんだけど笑

終わってみないと何処に行くのかもわからないのが受験の怖さ。

いまだ朧な未来の姿をぼんやりと考えながら、そこに浮かぶ自分の隣にアリが加わって

幸せな気持ちに包まれながら帰りの電車に乗った。

不思議と将来の不安はなかった。

ただ、お互いに幸せな姿だけを夢見て、そのために進もうと思った。


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