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交渉とは何か~与え合う交渉について~

ある日の相談

先日、こんな相談がありました。実家と奥さまの板挟み状態で困っているようです。

私は妻と2人暮らしをしています。妻はヨーロッパの家具や調度品が好きで、子どもがいないこともあり、生活感を感じさせないようなお洒落なインテリアにこだわっています。子どもがいないことで実家から肩身の狭い思いをすることもありましたが、妻と2人で悠々自適な生活に満足しています。先日、私の姉と母が姉の子ども2人を連れて、連絡もなくやってきました。突然来られて少し迷惑でしたし妻も同じ思いのようでしたが、私は仕事の予定があったので、妻に任せてすぐに仕事に出かけました。我が家は小さな部屋なので、私がいなくてもすし詰め状態でした。そんな状況で姉が持参したワインを飲もうと言いだして、棚から妻のお気に入りの高価なワイングラスを取り出しているときに、走り回っていた子どもがぶつかってきて、床に落として2本とも割ってしまいました。イタリアの知人からもらったアンティークの高価なものだそうです。姉はそのときは謝って弁償すると言っていたそうですが、後日送られてきたものが、100均で売っているような格安のグラスでした。姉曰く、使いやすいし食洗器に入れても大丈夫だからということですが、妻は常識がないと大変怒っており、姉にどう言おうかと困っています。

弁護士をしていると、法律問題だけにはおさまらない人生相談のようなものを受けることも多いですが、その中でもこのような人間関係に関する相談が一番多いように思います。だれもが人間関係に悩んでいるということなのでしょう。

ただ、このような人間関係の構築に関する問題についても、私が法律問題に関するもめ事で交渉する際に心がけている交渉方法で、解決することは十分可能です。


交渉の範囲はとても広い


「交渉」と聞いて、あなたはどんなイメージを持ちますか?

「交渉」で検索すると、営業職などのビジネスマンを対象にいかに顧客を多く獲得するかといったビジネス本が多くヒットします。ビジネスだと、どうしても「自分と相手のどちらが多く得をするか」といった「二者択一の戦い」というイメージが着いて離れません。

ですが、交渉はそのようなビジネスの場面に限られるものではありません。ある物事について、相手と話し合って決めごとをするなど関係性を作ることはすべて交渉です。あなたが誰かと友達になるときにも、交渉は発生しています。言葉を使うかどうかも問いません。交渉の範囲はとても広いと言えます。

交渉術とは異なり、コミュニケーションに関する本はたくさん出版されていて、いろいろなコミュニケーション方法などが研究・紹介されています。それだけ、人と人との関係を作ることは難しいのでしょう。人と人とが関係をもつさいにはコミュニケーションが必要なので、広い意味でいえばコミュニケーションも交渉のひとつと言えます。ただ、コミュニケーションは相手に思いを伝えることを中心に考えますが、交渉はただこちらの思いを伝えるだけではなく、相手の言い分もきいて、一緒に何かを考えることを中心に考えます。

そのため、交渉術は、人に何かを伝えることが苦手な方はもちろんのこと、喋るのは得意でも人の話を聞くのが苦手な方や、人と何かを決めるのが苦手な方にとっても必要なスキルといえます。

交渉は争いではない


交渉と聞いて、人と揉めるのが苦手なあなたは、少し身構えてしまうかもしれません。

しかし、交渉は争うことではありません。

そもそも、人は一人ひとり違います。あなたが誰かと対面するとき、その方と考えや思いが完全に一致することはありません。双子でも親子でも夫婦でも考えは一人ひとり違います。ですので、人と人がかかわりをもつとき、何かを決めようとするときには、何らかの意見の衝突は避けることができないのです。ただ、それは意見の衝突ではあっても、「争い」ではなく「調整」です。交渉は、人と人との関係を「調整」して円満な関係を築いていくプロセスなのです。

では、争わずに調整するにはどうしたらよいでしょうか?

実は、その答えはとてもシンプルなもの。「お互いに満足できる解決案」を一緒に考えて探し出す・創り上げるということです。

これは理想論でも机上の空論でもありません。

先ほど説明した通り、人は一人ひとり違います。違うというのは、出身地や外見や経済状況が違うというだけではなくて、何を重要とみるのかも違うということです。同じ人でも、時と場合によって、何を重要とみるかはやっぱり違います。重要とみていることがお互いに同じだと、綱引きのように引っ張り合いになってしまいますが、重要とみているものが違うのなら、お互いにそれぞれ重要とみているものを与え合えば、お互いが満足できるということです。

交渉はお互いにメリットのある解決を目指していくものですので、一方が「譲る」というものではありません。「お互い様」であることを念頭に、「お互いにとって何がベストか」ということを、「一緒に」考える協同作業なのです。


「つな引き」ではなく「ひも解き」

たとえば、あなたがお店で冷蔵庫を買いに行って、お店の人に安くしてくれないか交渉したとしましょう。お店からすれば高く売りたいはずなので、この交渉は一方の得が他方の損になるように思えます。

ですが、そのように決めつけてしまうことは必ずしも正しくありません。あなたは安く買うことがいちばん重要だと考えているかもしれませんが、もしかしたら、お店は安くても良いから在庫を早く処分することのほうが重要だと思っているかもしれません。スーパーで閉店間際にお惣菜が安くなるのはその一例です。

もちろん、お店としても高く売れるにこしたことはないので、価格に関心がないわけではありません。ただ、重要な点は、価格「以外にも」関心のある点があるということです。ここでは在庫を処分したいという思いです。この点を、買う側が交渉の際に活用しましょうということです。お店が価格以外に、どこに興味を持っているのか、それを探し当てて分け合いましょうということです。

比喩的にいえば、交渉はお互いにいろいろな条件や立場が集まって絡まった一本の太い綱を引き合うことから始まりがちです。この太い綱を、そのまま引っ張り合えば勝つか負けるかの勝負にしかなりません。ですが、条件ごとに一本一本「ひも解いて」、それぞれ好きなヒモを取り分けていけば、どちらも満足できるということです。


相手がすべて


交渉においてもっとも重要な点は、相手が何を重要とみているかを理解し、それを与えることで、自分も相手から重要なものをもらうということです。

そうすると、相手が重要とみているものが何なのかが分からないと交渉はうまくできません。

そこで、相手から、相手が考えていること、重要と思っていることを教えてもらわないといけません。相手のことを良く知ることが交渉ではとても重要なのです。相手の立場に自分を置き換えることが必要になります。


交渉の3ステップ~これさえおさえれば大丈夫~

本屋で見かける交渉術の本を見ると、いろいろなテクニックが書かれています。その中には「なるほど」と思えるものもあります。ただ、私も実際に使おうとしましたが、場面が限定されていて使いにくく、数はあっても体系的ではないため簡単に使えませんでした。

どんなに必要な技術も、複雑で使いにくいものに価値はありません。そこで、できるだけシンプルにどんなときでも使えるようにという視点から、「与え合う交渉」では次の3ステップさえ押さえれば大丈夫なように整理しました。

まず、①自分の目標は何か、次に、②相手は何を考えているか、最後に、③相手と「何を」「どう」与え合うのか、この3つだけ準備して、意識を集中して交渉すれば大抵のことはうまくいきます。

まず、①「自分の目標は何か」についてです。

交渉とはあなたと相手の意見を調整するプロセスです。あなたとしては、当然、自分の意見を尊重して、できれば通してほしいですよね。ですから、まずはあなたが交渉で何を尊重してもらいたいのか、何を得ようとしているのか、あなたの「交渉の目標」を明確にしないといけません。ここでいう「目標」とは、「いまの自分が持っていないもので、交渉が終わったときに持っていたいもの」のことです。

交渉下手の人は、話をしているうちにいったい自分は何のために交渉をしているんだろうと、交渉の目標を見失ってしまうことが多くあります。常に交渉の際には「目標」を意識して、自分のいまの行動が「目標」の達成に適っているのか、自問自答して交渉を進めていくことが必要です。交渉をすすめていくうえで心のよりどころとなるものでもあります。

交渉の本として定評のあるスチュアートダイヤモンド著の「ウォートン流 人生においてもっとトクする新しい交渉術」のなかでも、交渉の12の主要戦略のなかのまず1番目に「目標が一番大切だ」と宣言されています。

次に,②「相手は何を考えているのか」です。

交渉は相手との調整で、お互いに満足する結果を得ようというものですから、自分と相手がお互いに重要とみるものを与えあう必要があります。そのためには相手のことをよく知らないといけません。自分がいくら良い解決案だと思っても、相手にそう思ってもらえなければ何の意味もありません。交渉の成否は「相手がすべて」だということです。相手のことを良く知ること、相手が何を考え、何を交渉の目標におき、何を重要とみているのかを、あなたは相手から探り出さなければならないのです。そのうえで、自分の交渉の目標とは重ならず、相手に与えて問題のないものを選び取ってもらうようにするということです。

最後に、③「相手と『何を』『どう』与え合うのか」です。

この問いは、自分と相手を理解したうえで、「さあ,何を交換しようか?」「どうやって見つけていこうか?」「新しく創ろうか」という具体的な方法論です。相手にも満足してもらうためには、あなたの交渉の目標と引き換えに、相手がハッピーになって、しかもあなたにとっても負担のないものを交換し合う必要があります。その交換条件の見つけ方、交換条件の提示方法、交換条件の煮詰め方、交換条件の検証方法、受け入れてもらえるような話し方、交換する際の心持ちなどです。

①~③の詳しいことは、これから、少しずつこの場でお話ししたいと思っています。


今回の相談


さて、では冒頭のご相談に戻りましょう。相談者をAさんと呼びます。Aさんは奥さまとお姉さまとの間で板挟み状態のようですね。

ここで、①~③に入るまえに、そもそも交渉相手は奥様とお姉さまのどちらなのかということですが、まずは奥さまと対応するべきでしょう。お姉さまは格安のグラスを送って満足しているようなのでとりあえず置いておきましょう。

奥様と交渉するとして、①~③の検討に入りましょう。

①ですが、Aさんの交渉の目的すなわち「いまのAさんが持っていないもので、交渉が終わったときに持っていたいもの」はなんでしょうか。

仮に、Aさんの交渉の目的を「奥さまのお姉さんに対する怒りの感情を鎮めてもらい、Aさんがお姉さんに連絡しなくても済むようにすること」としましょう。Aさんとしては、自分に火の粉が降りかかるのは避けたいと思っているでしょう。

では、奥さまが今回のケースでもっとも重要と思っていること、関心ごとはなんでしょうか。Aさんは奥さまと今回の件について、まずは奥さまの不満をしっかり聞く必要があります。言いたいことがあってもじっと我慢して奥さまの言い分をもう一度ききましょう。

さて、奥さまの話をもう一度聞いたところ、実は、奥さまは今回のお姉さまの行動はきっかけに過ぎなくて、Aさんの実家から子どもがいないこと等いろいろ言われて傷ついており、Aさんがそれに対応してくれないことに不満があるようです。先日の件も、Aさんから部屋が狭くて負担なので、突然の訪問には対応できないと断って欲しかったということでした。

つまり、奥さま側からみた交渉の目的は、「これをきっかけにAさんが実家にきちんと対応してくれること」ということが判明しました。

そうであれば、Aさんとしては、これまでの自身の対応を省みて、場合によって奥さまに謝ったうえで、今後の実家に対する対応の方法について、奥さまと約束をするということがまずは重要ということがわかります。そのかわり、Aさんとしては今後はきちんとする代わりに、今回のお姉さまの行動については、奥さまに許しをもらってはいかがでしょうか。奥さまとしても今後はさんがちゃんと対応してくれるのであれば、今回の件は大目に見てあげても良いとなるかもしれません。そうなれば、お互いに重要な点を貰い合って、目標が達成できているというわけです。

もちろん、すんなりと上手くいくかどうかは分かりません。今後きちんとすると約束しても,奥さまの怒りはそれだけではおさまらないかもしれません。ただ、和らげることはできるでしょうし、そこからさらにいままでのことについて話し合うきっかけも作れるでしょう。やってみる価値はあるとは思いませんか?

このように、与え合う交渉は、何も特別なことを要求するものではありません。普段当たり前に行っていることを、交渉という側面から整理して、意識付けをしましょうということです。この交渉術は、何も特別ではない人の自然的感情に根差した方法であるからこそ、人間関係の構築からビジネスの成功まで、すべてに使えるものといえます。

ではまた次回に。

Illust by MIke Kline、hyoin min

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