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輪廻

先日、叔母が乳癌で亡くなった。
叔母らしい最期だった。
私たちはあまり親戚付き合いがない。
お互いを嫌っているわけではないんだけど、
この微妙なニュアンスを伝えるのは難しい。
叔母のお別れ会という名の家族葬で私たち親戚は何億年ぶりくらいに集合した。

いとこもいとこの子も祖母も叔父もみんな時の経過を感じさせた。初めて会った時4歳だったいとこの子はかわいい男の子だったのに、今や高校一年生のイケメン君に成長していた。ついでに発達障害の弟の面倒をよく見るやさしい青年に成長していた。その母、私のいとこはシングルマザーで男の子2人の子育てや叔母の介護や認知症の様な父の世話をひとりでこなす「強くて脆い」女性になっていた。

どうしてもっと頼ってくれないんだ。そんなにひとりでやるなんて。何も言ってくれなかった。久しぶりに会って初めて知った事実だ。
あーなんて私たちって他人行儀なの。情けなくて悲しくて少し笑けてきた。

高校生と小学生の子どもたちの覇気のないこと。子どもながらに苦労していること、苦労している親を見ていることがよくわかった。年相応の幼さが感じられなかった。二人ともかわいい顔しているし、すらっと背が高くてモテるだろうに、そんな浮いた話なんて無縁かのような悲しそうな瞳をしている。私はそれが1番気がかりだ。ことあるごとに、ウザがられない程度に、かわいいこの子たちの成長を、幸せを願う。

もう一人のいとこはスーパー自由人で兵庫の友達(誰?)の家に住みながら絵を描いて売って生活しているそうだ(自称アーティストとか言ってた笑)。頭が良いのにと言うべきか、頭が良いからと言うべきか、定職をあえて避けて生きているらしい。いずれにせよ、絵を売って生活できる芸術の才能や、そう言う友達と縁を紡ぐ才能は大したものだ。クセ強で、らしさ爆発してて安心した。あなたはそのまま生きていてね。でも、あなたの姉ちゃんの苦労が大きすぎる気がするんだが、そこは手伝わないんかい?とツッコミどころも満載だけど…

なんだかんだ愛おしいんだよね。
この親戚たち。笑

それから、私の愛犬ももう長くなさそうだ。
先日19歳を迎えた。よくここまで生きてくれた。ほんとうに、心から、幸せだった。

あんなに大好きだったご飯も食べようとしないし、散歩もしなくなった。

心臓に水が溜まっているそうだ。時々苦しそうにしていたのはそのせいだったんだね。それは散歩も苦痛でしかないよな。

とにかく今は側に居たい。いっぱい撫でて、抱きしめて、ありがとうと思い出話などをしようか。

その時を思うと涙が止まらないけど、同時にここまで一緒にいてくれたことに敬意と感謝もある。ほんとうにかけがえのない家族だ。

命はこうして終わるんだね。こういうのって引き寄せ合うというか、重なるよね。

今私の周りでは、命の交代が起こっているんだね。ほんとうにおつかれさま。私も命の限り、精一杯生きるよ。見守っててね。

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