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湖北の風景20 皇后塚古墳

※Hiみんな!アトリエトモコだよ。
突然だけどみんなはお気に入りの古墳ってある?
有名人の古墳、大きい前方後円古墳。地域の原風景に溶け込む古墳・・・

きみだけのとっておきをコッソリ教えてよね。
エッ古墳・・・!?そんなの知らないし?って思ったきみも・・・

今日はトモコの推し古墳を紹介するよ!

湖北の風景20
秋の皇后塚古墳。2023.10.7 満開の彼岸花の頃。

「皇后塚古墳」の石碑
曼珠沙華燃える季節
夏草生い茂る荒れ地から
伊吹山を背景に
紅い古墳
大きな石で石段が組まれている
石の祠のような頂点の周りに、人工的な形の花崗岩が散らばる
石塔、石仏が収められている祠(石室の残骸のリサイクル?)
丸く加工されたような花崗岩
灯籠かな


おまけ

お供のベビィ(ちょっとびびっている)
向かいの現代墓より(左の桜の木の所が古墳)
墓石の白と彼岸花の赤のコントラストが鮮烈

井之口皇后塚古墳(いのくちこうごうづかこふん)

集落の外れ。若宮八幡神社の南隣。
畑の中にある小さな円墳です。

主体部は横穴式石室。(現在は埋め戻されて見られないそう)
築造は6世紀初頭から7世紀後半と言われます。

昔はここに井之口寺院があったようで(石碑・石垣が残っています)
墳丘上には花崗岩の石仏や石塔の残骸のようなものが意味深(ただ寄せ集めただけ?)に積まれています。
野ざらしの石仏。湖北ではよく見かける光景です。
明治の神仏分離あたりで捨てられた?

横穴式石室は、古墳時代後半(6~7世紀)に作られるようになった新しくて、技術力の高い墓制。
「皇后塚」という立派な名前も気になるところ。

第30代敏達天皇の妃、広姫(息長真手王の娘)の墓と伝わる数㌔先の「村居田古墳」が宮内庁治定の地とされるまでは、この皇后塚古墳とすぐ隣の皇后塚東古墳が広姫の墓だと認識されていたそうです。
(※村居田古墳も広姫とは時代が合わないため、被葬者について疑問視されていますが宮内庁が決めたってことで、調査不可)

もはや誰の墓なのかもはや分からない小さな古墳。
この地を拓いた有力者(だったであろう被葬者)も、この素敵な風景と眠りたかったのでしょうか。

村の神域として、ずっと大切にされているようです。
(墳丘に登るのは畏れ多いのですが)
昔からこの風景が大好きで四季折々見に行って不審がられる常連であります。
ベビィとサシで行きましたが、一生懸命付いてくる彼が、共犯者同胞のようでなぜだかはじめて愛しく思いました(今更?)

伊吹山を背景にするとまた神々しい。
春は樹齢150年以上といわれる一本桜、秋は彼岸花。
新緑も雪景色も捨てがたい。
地元では野神(のがみ)さんと呼び親しまれています。



願わくば 野神のもとにて 秋死なん 
伊吹をのぞむ 彼岸花の頃

(feat.西行法師)

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