人のあたたかさに触れられたヒッチハイク

シェアハウスで一緒に住む方がGWに東京から実家の広島までヒッチハイクで帰ったことを聞き、堀江貴文氏の著書『ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく』でも、大学生時代にヒッチハイクで経験した出来事の話が綴られているのを目にしていた。

僕は思った。僕でも出来るのかな~と。シェアメイトに相談してみた。

「やるかやらないかだよ。コツなんて何もない。とりあえず、使ったスケッチブックとペンをやるからやってこい。」

そう言われ、僕の手元にそれが残った。どうなるかわからないけどやってみよう。僕は、帰りの名古屋~東京のルートだ。

当日、朝早くに名古屋駅に近い高速道路の入口付近で始めたが、車が止まってくれる気配がひとつもない・・・名古屋は名古屋高速という環状線があるため、地元の人たちばかりが利用するから難しいのだった。作戦を変え、刈谷というところにある、「刈谷ハイウェイオアシス」へ電車とバスを使って向かった。ここは、高速道路のサービスエリアであるが下道からも入れるのだ。

東京方面と静岡という紙を掲げていたが、やはり、なかなか止まってくれる車がいない。日射しも段々キツくなってきた。正直、本当に諦めようとしていたその時。ガソリンスタンドで給油をしていた車から女性が出てきてこう言った。

「静岡の富士川までならいいですけど、乗りますか?」

まさか乗せてくれるなんて思わなかったから嬉しかった。初めてのヒッチハイクで初めて乗る車。ヒッチハイクをしているのに変だが、乗っていいのかな?なんて、内心は思っていた。乗せてくださったのはモチヅキさん一家。両親と2人の娘さん。車のなかでも歌ったり、風船で遊んだりとワンパクだった。いつの間にか疲れて眠ってしまったようだ。お父さんとはいろんな話をした。僕の地元、富山のこと。静岡のこと。名物や当たり前って実は有り難いことなんだということとか。1番印象に残っているのは、好きなことを仕事にするについての話だ。

「好きなこと、趣味をそのまま仕事にして、自分の好きだったそれが無くなってしまうことは逆に怖い。」

こう言われたときにハッとした。仕事は良いことも嫌なこともある。自分の趣味や好きを仕事にしてそれが苦痛に変わってしまった瞬間、自分には何もないような錯覚に陥ってしまうような気がしたから。

いろんな話をしている内に約束の富士川SAに着いた。お礼を言って降りる。駿河湾に面した場所だから、美味しい魚が食べたくなった。生シラスと桜エビの紅白丼をいただく。新鮮で美味しい。早速、続きを始める。今度は東京方面と神奈川と書いた紙を掲げ立つ。15分後、マイクロバスの中から声を掛けられた

「沼津までならいいぞ~ガハハハ。」

どんだけ陽気なんだよ、と思いつつ、乗せていただく。中で宴会をやっていたようで、どうりで陽気な訳だと納得いった。伊豆へゴルフをしに行く一行。中では、下ネタと若者頑張れと笑い声が飛び交う楽しいひとときだった。沼津に着く。そして下道へ。ここからが大変だった。日はどんどん傾いてくるし、車はいっこうに止まってくれない。段々、切羽詰まってくる。本当に必死で東京方面の紙を掲げる。すると1台の車が止まってくれた。

「東京でいい?乗ってく?」

そう声を掛けてくれたのは、トルコ料理のお店を営むアリさん。本場のトルコ料理を楽しませてくれるらしい。朝早くに伊豆に向かい、海で日焼けを楽しんだ帰りだった。3連休の最終日ということもあり、渋滞が予想以上に酷かったが、無事に中目黒まで着くことができた。

思いつきで実行したヒッチハイク。声を大にして言えることは、

『何をするにしても、自分の中のプライドが邪魔なだけだってこと。それを捨てて1歩を踏み出せたときに見える景色は、限りなく広い。』

今回、車に乗せてくださった方々は、あの場所、あのタイミングでしか一生を以ても会うことができなかったはずだ。本当に感謝してます。ありがとうございました。こんな僕でも出来るんだとか大切なことに気がつけた。もうやらないと思うけど、やって良かったっていうことだけは確実に言える。大体の運転手の方は、気づいていないか笑って通り過ぎただけだ。それでも、優しさを与えてくれた方々がいたことに本当に感謝している。人のあたたかさに触れ、自分自身を成長させることのできた1日だったと思う。

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アキラ

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