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かさぶたカサカサお受験記(最終回)息子にちゅうえいが降臨した国立本番、夫は千原ジュニアの赤パンを履いた。【後編】



合格発表の朝、息子はなぜか全裸で爆睡していた。

なんちゅうパンチの利いた目覚めだよ。

目を覚ました瞬間飛び込んできた息子のぷりっぷりのお尻と対照的に、くすみと生涯共存することを決めたゾンビの顔色をしたアラフォーは、ぼろ雑巾のように疲れきった体をひきづるようにリビングに向かった。


すると今度は、まだ朝7時前だというのに全身紺スーツでばっちり決めた夫が真顔でPCの前に座っていた。普段であれば彼が朝帰りする時間である。

だいたいこんな時間(引用元リンク


もうなんなんだ、なんなんだこの男達は。最後の最後まで理解不能な事象しか起きない。我が家は奇行の玉手箱ではないか。


夫婦の朝の団欒(6時半)イメージ図



「今帰ってきたの?」

「いや違う。結果を見て、すぐ茗荷谷に行けるように準備した。」


お茶の水女子大付属小学校の二次検定の結果は、結果発表当日の朝にオラインで公告される。その結果を確認後、通過者は即座に茗荷谷に向かい、学校内で合格を決める最終抽選を行うのだ。

うちから茗荷谷まではそう遠くないから、結果を見てから準備しても間に合うね。

そう話していたはずだが、どうやら夫は先日のちゅうえいご降臨の責任を深く重く受け止めていた。そして、並々ならぬ想いを抱えて今朝を迎えていたようだ。


「厚子さん今までありがとう。仕事しながら家のこともぼっちゃんのことも受験のことも、何もかもやってくれて。」

そんな夫は突然人生のまとめにはいる終活老人がごとく愛する妻に感謝の意を述べ始めた



え、ナニコレ怖い。
なんなのもしかして夫はこのまま無言で家を出て帰ってこないの失踪するの離婚なの?
いやでも離婚を宣言されても仕方ない。結婚生活10年を振り返り、どうポジティブに解釈しても「あちゃー」なふしか思い当たらないどうしようもない妻である。
私が夫だったらこんな女早々に見切りをつけてるわ。己が悪事が走馬灯のごとく蘇り夫婦離別の時を覚悟した妻が妄想の奥底で黄泉の淵に立たされているなど知る由もない夫は続けた。


「今日の抽選だけど、やっぱり僕がひとりで行こうと思う。最後の最後で貴方にクジをひかせるわけにはいかない。責任は全部僕が背負うから。」


夫は、2次検定(しかもこれは普通に実力勝負、まじりっけない)を突破しないと参加できないはずの最終抽選に行く気満々でそう言うやいなや突然ベルトをはずしズボンを脱いだ。
すると、いつもなら厚子が洗濯したトランクスが覆い隠しているはずの夫の股間が真っ赤に燃えていた。

否、それは炎ではなく真っ赤に滾(たぎ)る腹巻と赤パンであった。

閲覧注意*大変センシティブな画像


安心してください、履いてますよ。

愛する夫は、そういわんばかりのどや顔をしているようにも見えた。


「昨日巣鴨で買ってきた。ほら、千原ジュニアが勝負の一本を披露する時に必ず履く赤パンあるでしょ?おんなじやつ。あとおまけの腹巻。」

勝負じゃなくてもまぁまぁ履いている

千原ジュニアが勝負の漫才を披露する時に真っ赤なパンツを履くことは最早常識だけど…と、そんな大阪のローカルネタを日本全国の当たり前みたいに話されても知らんがな。そんで、なんで今この瞬間千原ジュニアの赤パンなんだよ厚子の宿敵流れ星ちゅうえいはどこいった。



情報量が多すぎて頭が回らない。戸惑う厚子を横目に、腹巻の中には先日洗い観音様で磨きまくってきた「とある物」の蓋をしっかり納めたと報告してくれた。そして最後に、夫は決心するかのようにこう言った。


「あんなに頑張ったんだ、二次検定は絶対通過している。最後の抽選を、僕は必ず引き当てる。家族の努力を絶対無駄にしない。」



その言葉を聞いた瞬間、厚子の脳みそに無数の隕石が激突した。

宇宙の理を発見した瞬間


「小学校受験をしたい。」


夫に初めて伝えたのは、披露宴を行ったホテルがコロナ禍で格安になっているからと久々に宿泊した夜だった。

あの日から2年以上、夫は反対までいかずとも「お受験」に対し常に消極的な態度をとっていた。

朝学習の時間、息子を激しく叱咤する厚子の罵声は寝不足の夫の耳に凶器のように突き刺さっていただろう。激しく怒鳴りあい涙することが日常化していた母子を見て、夫は言いようのないストレスをためていたし、それが原因で夫婦でぶつかることもあった。喧嘩も数えきれない程した。

男の子なんだから、入試もせず進学できる学校なんてありえない。そう突き放す夫と、息子の性格を鑑みてゆとりある学校生活を望む母。夫婦の意見はいつも平行線だった。


仕事ばかりの夫は、息子の将来をちっとも自分事として考えてくれない。息子のことは生活から何から私に任せっきりで、自分が面倒を見るなんて発想がゼロだからそんな無責任なことが言えるのだ。家族で暮らしているのに私はいつも一人で戦っているみたいだ。そう攻撃的な言葉をぶつけたことも1度や2度ではなかった。

しかし、果たして私は夫の気持ちを正確に汲めていたのだろうか。


一睡もせぬまま学校説明会に向かってくれた日もあった。

模試や考査の前には不器用な手つきで息子の革靴を磨いてくれた

ベトナム出張で現地の美容師に「今ホーチミンで1番いけてるヘアスタイルにしてください」とオーダーした日から夫のトレードマークであった強めのツーブロックも受験の為にやめてくれた。

会社や学生時代のつてを頼り、下げる必要のない頭を下げて受験校のOBOGを探し出してくれた。

税金の為よけておいたはずの3桁万円を超える予算を、独断で全額お受験にぶっ込むという家庭内横領を犯した妻を「マジか」の一言で許してくれた。


息子の教育に我関せず。一歩引いたスタンスで、お受験に関しても厚子に言われるがまま渋々参加している。そう思いこんでいた夫は、実は誰よりも当事者意識をもってこのビッグイベントに臨んでくれていたのだ。



そして今。
夫は、息子の努力を信じ、家族を守る為全ての責任を自分ひとりで背負おうとしている。


「お茶の水女子大付属小学校の検定は、初めての団体戦だね。」
夫にそう言ったことがあった。でもそれは大きな間違いだった。

小学校受験をしようー。
そう決めたあの日から最後の瞬間まで。私たち家族は全員が全員、チームとして全力で戦い抜いてきたのだ。


最後の日、私はやっとそれに気づけた。
真っ赤な腹巻を巻いて、真っ赤な勝負パンツを履いた夫が気付かせてくれたのだ。




そんな夫は、緊張でズボンを上げることをすっかり忘れていた。

そして
下半身丸出しのままPCを開き、合格者番号発表のURLを静かにクリックした。






7か月後ー。
怒涛の1学期を終え無事に夏休みを迎えたかさぶた家は、セミの鳴き声を目覚まし代わりに起きる毎日を送っていた。


受験期間中は全く興味のなかったはずのラジオ体操に、1年の時を経て突然「行く!」と言い出した息子は、初日である今日予定より30分も早起きをして会場に向かった。

相変わらず早朝に帰宅する生活を送る夫は、仮眠がとれたかどうかも分からない半分寝むった状態で息子に手をひかれていった。


息子は無事に小学生になった。
制服を着て、大きなランドセルを背負いながら毎朝元気に家を飛び出していく。


あの1年半にわたる地獄の戦いはなんだったのか。
埼玉合格から国立終了までの死のロングウォークは、我が家に一体何をもたらしたのか。何が為の苦行だったのか。マジで分からんどう考えても分らん。

半年以上たった今も答えは出ていないし、きっと一生答えなんて出る日は来ないと確信を持って言える。

世の中に意味のある事象なんてそう存在しないし、それを追及したり言語化する程の時間も余裕も、現代日本の共働き核家族には残っていない。明日の弁当をこさえるだけで精いっぱいだ。


ただ、息子が笑顔で学校に通い、よく食べよく眠り、毎全裸で目を覚ます。
そんな平凡な毎日を繰り返すために、きっと我が家は全員で頑張ったんだ。


もうそれでいいじゃないか。
これが我が家にとって、お受験という摩訶不思議な苦行を経て手に入れた最高に幸せな家族の形なのだ。


あの怒涛しかない日々をまるで夢幻だったことのように振り返りながら朝食の準備をしていると、息子がただいまも言わずにキッチンに飛び込んできた。


「ママ!!!肘がいた!肘がなければがいた!!!」


嫌な予感しかしない(引用URL


え、何言ってんだこの子は。戸惑う厚子をよそに今度は夫が顔を真っ赤に染め、息を切らせて帰ってきた


「厚子さん!!おった!!厚子さんの天敵ちゅうえいがおった!!!同じ会場でラジオ体操しとった!!!あいつ、この辺に住んどる!!!!!!」



「!!!!!!!!!マジで!!!?」

厚子の宿敵★近影(引用元URL


「いこ!ママいこ!まだいるかも肘いるかも!!

息子がそう言い終わるや否や、厚子はノーブラすっぴん眼鏡にピカチュウのヘアターバンをつけたまま、愛する家族と共に玄関から飛び出した。


お受験界のずっこけ三人組は、私立小学校界のずっこけ三人組になった今も、相変わらず毎日元気に楽しくずっこけている。

ドンキで1280円でした。

【完】



最後まで読んでくださりありがとございました。
合格のノウハウや成功へ導く提言など、皆さまのお役に立てる情報発信は何ひとつもできない中で、多くの方に読んで応援してもらえたこと、感謝してもし足りません。

我が家のどうしようもないお受験奮闘記は、5%のフェイクをはさんでいるものの、そのほとんどが実話です。できる限り当時の感情や情景を再現することにこだわりました。こんなダメでどうしようもない家族でも、今はなんとか笑って過ごせています。


23年組の方は、今が一番つらく苦しい時だと思います。
でも、だからこそどうかあきらめないで。考査が終わるその瞬間まで悔い残さぬようにやり切ってほしいです。絶対に大丈夫だから、最後まで家族を信じてやり抜いてください。
その先には、頑張り抜いたご家庭にしか見ることのできない景色が広がっているはずです。

それでも、どうしてもつらく苦しくひとりで乗り越えられない時は、遠慮せずいつでも厚子おばちゃんにDMください。心から応援しています。


最後になりましたが、今回の企画を進めるにあたってnoteの使い方から教えてくれた狼侍さん、コンプラチェックや個人情報保護、文章構成に協力してくれたけめけめちゃん&ぽんたさん。X(Twitter)上でコメントをくれたりリポストして広めてくださった皆さん。本当にありがとうございました。

もう疲れ切っちゃってキーボード1文字も打てないから残りの番外編3本は月額3000円の賢い方のチャットGPTに書いてもらうよ!!!

かさぶた厚子

あとがきにかえて


「かさぶた厚子のかさぶたカサカサお受験記」を最初から読み直したい方はこちらからどうぞ!

Q&Aもまとめました!聞く方も答える方も赤裸々だね!


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