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『ONE PIECE FILM RED』レビュー マンガ映画の傑作

※ヘッダーの画像は特典でいただいた単行本というか設定資料集。

にわかワンピファンの私なのだが、用事で外出したついでにふらっとTOHOシネマズで『ONE PIECE FILM RED』を観たのだが、これが抜群に面白かった。今年も色々と見てきたが、現状これがナンバーワンの娯楽作だ。

お話のおおまかな枠組みは、最初こそ幼児向けのアイドルアニメの体裁をとりつつ、どうやら本作における音楽や歌がお話に深く関与していると判明するあたりからマクロスみたいになる。さらにフィリップ・K・ディックのとある小説から一部のアイディアが転用されている。がっつりとSF映画のジャンルに足をつっこんでおり、相当な意外性がある。これに関しては序盤からかなり大胆な仕掛けが施されており、なかなか論理的だ。それ以外にも中田ヤスタカが提供、Adoが歌いあげる楽曲『新世界』の歌詞では、この映画のプロットそのものが予め提示、預言されているなど、ところどころ細かい仕事がちりばめられている。

『FILM RED』でひどく気にいっているシーンがある。すごく地味なところなんだけど。ゴードンというキャラクターにサンジとウソップがあることでフォローを入れる、というシーンだ。それは子育てや教育に関わることで、要は彼はそれに失敗してしまった……みたいなことを戦いの中で吐露するのだが、この二人がフォローに回るのはよく考えられている。二人とも親の愛に恵まれず(ウソップは家庭を顧みなかった父親がいる。不思議なことに彼との関係は良好だが、そのせいもあって村で孤立していた。サンジの家族は言うまでもなく本当にひどく、虐待としかいいようのない境遇に甘んじていた)、それゆえ彼らの励ましも一層説得力を持つ。ワンピースはジャンプ作品の例に漏れず、強い血縁や古臭い父権主義的な価値観を押し出すその一方、そういう主義から零れ落ちた人間のケアを原作は描いていた(かなり荒っぽいけど)。そして本作ではそんな辛い経験を得てなのか、優しい気の利いた言葉をかけれるような、一皮むけた様子も描いていてこれが大変良い。

また家族つながりといえば、こんなシーンが存在する。シャンクスと娘のウタの幼少のころの追想シーンに、さらに被せるようにカットバックでこちらを見下ろすロジャーとレイリーのシーンが挿入されている。これは何かというと、ちょっとわかりづらいがシャンクスがロジャー海賊団に入ったきっかけを描いたものである。どうして二つのシーンを被せたのだろうか。それが意味するところは、シャンクスもウタと同じ境遇にあった子供だったことを示唆している。シャンクスの過去はマンガの方でも書かれていなかったはずで、何気に重要なエピソードである。彼は原作のキーマンでありながら登場回数が少なく謎も多いときている。その点をよくネットなどでいじられているが、果たして本作ではどうか……まぁ見た人なら大満足なんじゃないだろうか。

過去に登場したキャラクターが勢ぞろいしての大合戦はかなり見ごたえがある。主役級のキャラだけでなく、懐かしい端役も出てきて活躍してくれる。能力同士が連携して予期せぬシナジーを生んだりしてて見ててわくわくするところだ。ここで言葉で説明しても仕方ないので実際見て頂くほかないが、クライマックスにおける本作のブレイクスルーは、既述のSF要素も加わり、マンガ映画でなければ描けないような凄まじい境地に達している。

欠点をあげるとしたら、お話の舞台となる音楽の島「エレジア」が壊滅してしまった理由が強引であることだ。そんな都合よくモンスターの封印が解けたり、楽譜が良いタイミングでひらりと落ちてくるものかよと思わなくもない。また、肝心のシャンクス登場シーンだが、もっとBGMとかこだわれなかったのだろうか、とう不満が残る。ここで彼はウタと再会するのだが、選択されたあの音源はあまりに威圧的でどうも娘に会うのにふさわしくない。ウタはある理由からシャンクスに不信感を抱いているので彼女の心情を表現したものとしてはある意味適当かもしれないが、その時彼がウタに対して放った台詞とあまりに真逆のムードなので違和感が残った。終始にぎやかなサウンドスケープに(色んな意味で)支配されっぱなしの映画なので、ここは敢えて無音でもよかったのではないかと思ったりもした。

ここから余談になるが、映画館は平日の昼間にも関わらず函は3割ほど埋まっていて、それなりに盛況だった。まだ夏休みのせいか、お客さんの大半は小学生くらいの子供。心待ちにしていたのだろう。上映が開始するまで友達同士でワイワイしながら、その様子は微笑ましいものがあった。だが、幕が下りた瞬間、まるで映画館がお通夜のようにしんとなっていた。2時間前まで騒がしかった子供たちが黙って退場するその後ろ姿のが、妙に印象的だった。

その気持ちは痛いほどわかる。この映画はどこか暗いからだ。例えば作品全体のムードも逃げ場のないような諦めで満ちている。『FILM RED』では、世界はすっかりオワコン化しており、どうしようもない苦しみで満ちている。これは現実の世相を反映した設定だろう。

それだけでなく終わり方はかなりビターで、その結末は観客に委ねられている、が、その見通しは辛いものである。最後に赤ひげ海賊団の面々が何かに向かって整列している描写がちらっと映るが、明らかに「埋葬」への参列そのものだからだ。ルフィたちはまた明るい旅に戻っていく。だが、我々はまだ苦境にたたされたままだ。映画は苦境を脱するための答えを用意してくれない。そもそも安易な決定はいずれその身を亡ぼすことを説いた映画でもあり、そんな訳で映画を見た後はどこか突き放されたような気持ちになる。これこそが安易な答えを出さないことだ、と言わんばかりにだ。

ただ私はもう一度、この映画をじっくりと味わいたいと思う。作中では試行錯誤がされ、それでも答えが出なかった。それは苦しいことを意味するだけでなく、実は本当に美しいものだからだ。あの肩を丸めて劇場を後にした子供たちにもそれが、いつかわかるようになればいいのだが、とも思う。

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