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甘い卵焼きのはなし

数日前から、一人暮らし先の家に母が遊びに来ている。

母が来ている間は職場に持っていく弁当を用意してくれることが多いのだが、今日の弁当の中に母が作った卵焼きが入っていた。

母が作る卵焼きは非常に甘い。


私は幼いころからこの甘い卵焼きを食べて育ってきたし、今でも卵焼きは甘いものなのだという意識がある。
溶いた卵の中に砂糖をたっぷり入れ、少しの醤油で味をととのえる。
牛乳を加えれば発色が良くなり、見た目もふんわりと出来上がる。
卵焼きは弁当のメニューでも定番中の定番であり、出来れば毎回欠かさず作りたい。でも、独り暮らしをはじめて卵焼きを作った時には、母の味に似せられなくて苦労したものだ。

この甘い卵焼きが世間一般でいう「卵焼きの味」と大きく異なることを知った時はショックだった。
なにも調味料を入れない卵焼きなんて味気もなくて美味しくないし、ならば塩気を入れればいいだなんて、考えも出来なかった。

今でも、頼まれでもしない限り私の頭の中では卵焼きは「甘いもの」であり、これはこの先誰に何を言われようとも変わらない。


甘い卵焼きはおかずにはならないだろうと言われるが、たしかにわかる。甘いおかずはごはんのお供にはなり難い。

しかし、これが梅干しと相性抜群なのだ。

梅干しの酸味を卵焼きの優しい甘さが緩和してくれるため、途端にごはんのお供に最適な味付けになる。

ちなみに、この梅干しはカリカリしたものでない方が良い。はちみつ漬けや減塩などは個人の好みに合わせられるが、歯触りは大体卵焼きと同じ方が、噛んだ時の違和感がなく美味しくいただける。


母はよく白いごはんの間に、梅干しのタネを抜いてほぐしたものをのり弁のように挟んで入れてくれるため、なおのこと味が偏らず、ごはんとバランス良く食べられる。気の利かせ方もさすが親である。



そもそも、この砂糖たっぷりな卵焼きは母親ではなく父親がよく作っていたらしい。

父はもう10年以上前に他界しているため、その「最高にうまい甘い卵焼き」は二度と口にすることは出来ないのだが、たしかに幼い頃に食べた卵焼きの味はいつも一緒で、優しい甘さでいっぱいだった。

母の作る卵焼きも美味しいことには変わりないが、今となっては年に数回だけしか口にしないこともあって、いつも微妙に味が違うことにも敏感になってしまった。そもそも母はそんなに料理が上手い方ではない(それでも母親の味は私の口に合うため気にはならないのだが)。


私も料理ができる人間ではないし、なぜだか味見することを億劫に思うタイプなので、私が作る料理はいつもどこか中途半端な味がする。

だけどこの卵焼きの味だけは、生涯大事にしていきたいと思っている。


弁当を食べながら、久々に口にした母の味にふと考えた1日だった。

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