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【福岡】伊藤由美さん


活動地域 :福岡市を中心に全国
資格 :国家資格キャリアコンサルタント/産業カウンセラー/NLPマスタープラクティショナー/接遇マナーインストラクター/トータルバランスセラピスト/レイキティーチャー
経歴 :地方銀行(銀行員)/派遣会社(コーディネーター・営業)/健康食品通販会社(総括課長・人事総務・企画・教育)/熊本県雇用対策課(Uターンアドバイザー)/熊本人材銀行(技術職・専門職・管理職向け就職支援)/くまもとジョブカフェ(フリーター対策支援コーディネーター)/事業経営/東京リーガルマインド非常勤講師(労働局主催就職支援講師・若年者向け就職支援講師・就職支援講座講師・シニア向け講座講師他多数)/厚生労働省指定キャリアコンサルタント養成講座(認定講師)/㈱エデュワークス(マイナビ新入社員研修講師)/他フリーにて講師業/結婚相談所イズモマリアージュ(チーフカウンセラー)
現在の活動内容 :キャリアコンサルタント養成講座講師/結婚相談所イズモマリアージュ・チーフカウンセラー/就職支援講師/心理セラピスト
現在の働き方:週の固定講座以外はわりとフリー
おススメするモノ:阿蘇、インターステラー(映画)、西野亮廣さんの本

インタビュアー
三好真代

ーー伊藤由美先生。わたしがキャリアコンサルタントの学びのスタートを切ったときからのご縁ですね。教科書をなぞるだけではない、先生の本質的なお話はとても心に残っています。LECでキャリアコンサルタント養成講座講師をしていらっしゃる他は、どんなふうに働かれているんですか?

そうですね、専門学校で就職支援の授業や、公務員試験の模擬面接指導、厚生労働省の就職ガイダンス事業受託団体と契約して、講師として、佐賀や熊本…九州各地や関西の方にも行ったりします。あと、結婚相談所でチーフカウンセラーとしても働いていますね。固定の講座以外は、単発の仕事を空いてるときに入れているっていう感じですね。

働き方としては、これが本業でこれが副業でという訳ではなく、パラレルキャリアとして、どれも自分のスキルを磨く大切なキャリアの一つひとつとして考えていて、それぞれが相乗効果で関係しています。

ハンセンはキャリアの統合的人生設計理論の中でキャリアをパッチワークと表現しているけど、私も自分のキャリアをパラレルキャリアキルトとして紡いでいる、というイメージです。

ーーパラレルキャリアキルト!なるほど!それぞれの色や形が違うキルトの組み合わせがパラレルキャリアを表しますね!これまでのご経歴も・・・多種多様ですね!

領域としては若者から女性、中高年、シニアまで、幅広くやってますね。あとは自立支援訓練とか。

ーーおススメの場所は、阿蘇ですね!

そう、やはり・・・魂の故郷!蘇る場所!阿蘇の阿は、あいうえおの「あ」で、一番初めの「あ」。そして蘇るの「蘇」。初心に生まれ変われる場所だと思うの。エネルギーが高くて、私だけじゃなく、皆がそういう気持ちになれると思うので、おススメですね。

ーー阿蘇のどこに行ったらいいんですかね、わたしたちは。

そうですねー、カルデラの中!カルデラの中で周囲のカルデラを見渡すとき。そのカルデラに包まれた感覚はスゴイ。わたしが行くとねー、どうもエネルギーが活性化するみたいで(笑)。火山が煙出しだしたり、揺れたり。なんか、自分が活性化するためにそのエネルギーをもらいに行ってるかなっーて。そういうときって、地球がエネルギー放出してると思います。まさに充電しに行ってる感じ。



これからはキャリコンの時代。受講生のとき、私は教える側だって思った。


ーーではキャリコンのお話に。キャリコンを取ろうと思ったきっかけは何だったのでしょうか。

2002年だったかな、国がキャリアコンサルタントを2007年末までにに5万人養成する計画っていうのを聞いて、これからはキャリコンの時代が来るんだと思いました。で、実際人材派遣会社でコーディネーターの仕事もしたことがあったので、それの延長線上になるかなと思ってね。その時は確か産業カウンセラーの勉強中で、ただなんとなく物足りなさを感じてて。傾聴するだけでもいろんな気付きがあったり、モヤモヤ吐き出せるんだけど、じゃぁその後どうしたらいいのっていう・・・その後のその人のキャリアに関わるような働きかけを学ぶ機会が産業カウンセラーにはなかったので、・・・それではちょっと足りないな、と思ったの。それがきっかけですね。

ーーキャリアコンサルタントの資格を取って、何か変わったこととかありますか?

キャリアコンサルタントを取って、というよりかは・・・講座を受けることで一回自分自身を見つめ直す、という作業、自己理解のワークをやったりグループワークをやったりすることで、いろんな気づきがありました。
自分のキャリアアンカーと向き合って、最初はキャリコンの資格を取ることが目的だったんだけど、その授業を受けながら、私はこの講座の講師がやりたいって思ったのよね。

ーー受講している時点で、わたしは生徒側ではなく、講師側っていう気持ちが芽生えてきたんですね!

そう!受講している時点で、この学びはみんなに受けて欲しいと思ったの!自己理解を深める醍醐味とか、気づきとか、癒しとか。この講座はすごいなと思って。これをやっぱり、教える側に回りたいな、と思いました。

ーーそうなんですね。じゃあ、資格を取ったらすぐに講師になったんですか?

いえ、すぐではないですね。産業カウンセラーの資格取得後、熊本県でU ターンアドバイザーと人材銀行の相談員を兼務でやっていました。キャリコンの資格はまだ持ってなかったけど、もうそこで相談業務の実務はやってましたね。

人材銀行って、登録者は専門職、技術職、管理職40歳以上のバリバリ第一線で働いてた方がほとんどで。ちょうど時代の端境期で。バブル崩壊後ね。リストラにあった方、会社が倒産した方、本当に心に傷を負った方々がいっぱい仕事探しに来られてましたね。中には5年間登録してるのに仕事が見つからない方もいらっしゃって。本当の支援ってどういうことなんだろうって、考えましたね。ただ単に仕事を紹介して就職させるって事じゃないなというのを身をもって感じたし、この方々に「気づき」が起こらないと、就職に結びつかないなっていうのも感じました。そしてプラスの声かけで励まし、いいところを見つけてフィードバックし、勇気づける、などがないと、次のステップに進めないなということも学び、実践もできました。
短い期間だったけど、本当に良い経験でした。

ただ、公的な機関は身動きが取りづらいところがあって。支援の中で相談者の方におススメの本(就職支援の本)を貸してあげたんだけど・・・同僚に「ひとりだけ勝手なことをしないでくれ」って言われちゃって。カウンセリングスキルを使っての支援だったけど、ここで私ができることには限りがあるなって思ったの。もともと、経験を積むために転々と異動して色んな支援をしてみるつもりだったので、1年でその仕事は離れました。1年間で仕事の流れを把握できたことはとても勉強になりましたね。

その後フリーター対策で国と県が共同で設置した、「ジョブカフェくまもと」のコーディネーターとして採用されました。県内の高校への「高校生就職ガイダンス」案内、学校とのケジュール調整、講師配置、というような仕事も担当しました。そのほかにも、就職支援関係のセミナーを企画運営して、講師のスキルを磨いたかな。様々な講師の講座を聞くことができましたから。

ーー人のやり方を見て学ぶって、ありますよね。

うん、絶対必要。だから自分が参加できるセミナーはできるだけ参加するようにしましたね。




民間企業で組織の土台は「人材育成」だと学んだ。上司の立場で部下に関わるうちに芽生えたのは、「もっと深く関わりたい」という想い。


ーーキャリコンとして働きだす前の、民間会社で組織の中で、総括課長・人事総務・企画・教育という職種を経験されていますが、この経験が、由美先生のその後に影響を与えたと思うことはありますか?

組織の中で個人を成長させることで組織の土台が強固になり、売り上げにもつながっていくという流れが見えました。人材は「財(たから)」っていう字を書きますよね。何十億単位で売り上げが伸び、急成長した会社だったけど、その会社を支えるのは「人」で、しなければならないのは「人財育成」だということを実感できたのは、すごく大きかった。

通販の電話オペレーターの社員育成プログラムには、スキルの講座と心理学的な講座があって。折れない心をつくったり、自分で自分のケアができるようにするサポートなど、私はどちらかというと心理的な面をサポートしていました。物事の捉え方、考え方とか、プラス思考マイナス思考とか、引き寄せ、波動共鳴とか。

朝から旦那さんと喧嘩してきたオペレーターに、やたらとクレームが集中することとか、あるんですよね。オペレーターの波動がお客さんを引き寄せるっていうこと。だから、クレーム客を寄せ付けないためには、オペレーターの気持ちを上げればいいんだ!って気づいて。クレーム対応ももちろん必要だけど、そもそもクレームを寄せ付けない会社にすることを目標にして、すごくうまくいったと思う。それから、「心」の在り方に合わせて、「場」を清めることも大切にしました。

人材採用で年間4~500人くらいの面接もしていました。面接官の視点や企業が求める人物像、といった視点を持てたことは、今も就職支援の面接指導の時に役に立ちますよね。

難しいと思ったのはね、上司の立場にいると、部下の本音を聞けないってこと。核心を言ってくれないの。で、大事な人が辞めていったりするんですよね。何で話してくれなかったのかな、って悩んで。私は部下ともっと深く関わりたいんだけどなぁって思っても、上司と部下の関係ではそこができなかった。その頃から、第三者として外部から企業に関わって人材を育てていくことに関わりたいなと思い始めて。それで思い切って会社を辞めました。

20年以上前、当時コールセンターはあまりなくて。ただ、これから電話オペレーターは女性の主要な仕事になると感じていました。結婚や家庭など、いろんな事情で会社を辞めてしまったとしても、また次の会社で自信を持って仕事ができるようにという想いで、人材育成をしていました。



「人生の正午」のキャリアチェンジ。壮絶な人生の幕開けだった。「死なせてもらえないんだ」って気づいたら、生きる道筋が与えられた。


ーー企業領域のキャリアコンサルティングの必要性を感じたんですね。で、その後人材銀行へ、ということですね。

人生80年と考えた時に、40歳が折り返しだと感じたのね。今と違う形で折り返しをスタートしたいなと思ったのが38歳の時。ユングの理論も何も知らなかったけど。

で、スタートを切るにあたって、2年間で必要な資格や経験を取得しておこうと思って、最初に取ったのがマナー講師、そして産業カウンセラー。次に、人材銀行やジョブカフェを経験して。後で「人生の正午」の理論を知ったら、私もここに当てはまってる!!みたいな。そして、独立しました。

講師業、コンサルタントとして通販会社やコールセンターの立ち上げサポート、人材育成とか。自分の会社を立ち上げたけど、頼っていたコンサルタントに騙されて、経営もままならなくなった痛い経験をしました。・・・本当に大変・・・だったよねぇ・・・。ビックリするくらい。会社を作った当初は、社会に貢献したい、皆がやりがいを持って働いてほしい、そんな想いだったんだけど・・・

ーー大変でしたねぇ。

今振り返ってみればね、まあ本当に必要な経験だったとは思えるんだけど・・・当時は自己崩壊してたし、体調悪くても絶対休めないし。

ーー壮絶な体験をされたんですね。。それで全てを失って・・・

でもね、天は助けてくれるんですよ。もう死ぬしかないと思って、死ぬ準備をして車で山に行くことが何度かあったんだけど・・・巡回中のパトカーが来て、「あっ、帰んなきゃっ!」てなったり、たまたま息子から電話かかってきて、「はっ!」と我に返ったり。あ、まだ死なせてくれないんだな、死んでる場合じゃないんかもなって、そこで気づいて。でも、どうしようもない状態に変わりはなくて。

そんなある日、役場から連絡がきたの。「敷地が土地区画整理の対象になったから立ち退いてください」って!もう、本当にほっとして。これで辞められるっ!!て思った。神の救いと感じました。

会社を整理して、全て失くして、2011年2月末から実家に転がり込んだの。これからどうやって生きていったらいいのか、もう生きている資格ないんじゃないかとか、考えても考えても答えは見つからず・・・

そして、それから2週間もたたないうちに、東日本大震災が起こったんです。3月11日。

本当に驚きました!!この地球に起きてることと、自分に起きてることがリンクしてるから!!テレビ画面の向こうで、全てを失くしてしまった人たちが、着の身着のままで、立ち尽くしてる・・・私も同じだった。

もう、ドンピシャすぎて・・・何が起こっとると?って、不思議でたまらなかった。でも、被災してすべてを失っても、これから頑張って生きようってしてる人たちがいる。私もその人たちと同じ。まだ命がある。ここで投げ出すわけにはいかんよねって、思えました。

そんな時、メルマガ配信で、福岡で開催されるセミナー情報があって。行きたい!って思ったけど、一文無しだし、親の世話になってるし、行ける訳ないよねって思っていたら・・・
突然、以前研修をした会社から3年ぶりに電話がかかってきたんですよ。「もう3年前の話なんですけど、帳簿見たらテキスト代払ってなかったんですよ、すいません、振り込みましたので」と。

記帳してみたら、なんとね!!セミナーに行くための費用・・セミナー代、交通費、懇親会、宿泊費にかかる金額が、きっちり振り込まれてたの!これはもう、行けってことだなって思って!
5月にセミナー受けに福岡来た時、「あ、わたしがやり直すのは福岡だっ!」て思ったの。その後2カ月後には福岡での生活を始めました。


ーー激動ですね!!!

激動でしょう(笑)。すっごい、もう、神仕組みとしか考えられない。
それでも、福岡に出てきたときは本当に自己肯定感も下がっていて、人前には立てない、ひっそり生きていこうと思ってました。
生きるにしても、償いのために生きよう、ってね。

ーーもう、自分の人生ではなく、人のための人生として捧げよう、というのが、由美先生の生きる気力になったんですね。 

そうそう、いろんな迷惑かけた方々に償うために生きていこうって。

ーーそこからのリカバリはどうされたんでしょう?初めのお仕事は?

コールセンターSVとしてお仕事はじめたのが最初かな。返済もあるので、他のコールセンターと掛け持ちしながら。Wワークをしていました。



「信じてるからね」の一言に、本当に救われた。全てに通ずるよね。一人でも見方がいてくれるなら頑張れる、って思った。


ーーそして今に至る過程で、少しずつ自分を取り戻していったんですね。先生がどん底に落ちてしまったとき、人を傷つけたことを償わなきゃ、という気持ちからリスタートできた、ということですが、「人のための人生を生きよう」と思えるほどの経験を積んでいない若者が人生のどん底に落ちていたら、どのような声をかければよいでしょうか。

まず、「命があればなんとかなるよ」という言葉はかけますね。生きてさえいれば、リスタートは切れる。でもその時に、やっぱり、誰かに相談することが必要。その相談相手になりたい。人生のターニングポイントって絶対誰にでもあるはず。その時の「必要な一言」を、かけてあげたい。
一生忘れない言葉って、人それぞれあるでしょう。あの時のあの人の一言で自分は救われた、とか、自分は次の道に進めたとか。

ーーそれ、ありますよねぇ。由美先生自身が、この時この人にもらった言葉が、っていうのがあれば、教えていただけますか。

一つは、民間会社で派遣社員として働いていた時。当時は派遣社員いじめ、みたいなのがあって、肩身が狭かったんですよ。ご飯食べるとき仲間外れにされるし、お菓子私にだけ配ってもらえないとか。あからさまにね。こんなにがんばってるんだけどー、って(笑) 。派遣社員の範囲を逸脱して、マニュアル作って社員研修とかしたりしてたけど、社長からは認められていたんですよ。でも若い社員の子は「あなた派遣社員ですよね、電話応対だけしてればいいんですよ」みたいなこと言うわけですよ。まぁ確かにそうですけど、って思いながらね。もうやめようかなって思ったりしてて。

ある日、帰り道一緒に帰るパートさんがいて。ものすごく有能なんだけど、ご主人が許さないからパートしかできないっていう方でね。「もうやめようかなーって思うんですよー」って相談したら、彼女が、「あなたのやってることは何も間違ってないよ」って言ってくれて。「あなたがやってることは、会社にとって全部必要なこと。私はあなたを信じてるからね」って。その「信じてるから」っていう一言で、ものすごい救われて。あ、一人でも味方がいてくれるんだったら私頑張ろうって思えたんですよ。彼女のその一言がなかったら、たぶん私その会社でその後のキャリアは積めてなかったと思います。

ーー信じてるから。に救われたんですね。

そう。一番印象に残っているのは、その言葉。なので、信じることが大事。すべてに通じる。そのとき社長がすごく私のこと信じてくれてたから、いろんな企画を実行することができました。やっぱり人と関わる上で、「信じる」って事は一番大事だと思います。

ーーあーー、もう、ほんとにそれ、よく分かります。

子育てにもね、パートナーシップにもね、すべてに通じるよね。相手を信じること。

ーー本当にそうですよね。素敵なエピソードをありがとうございました。



家庭の中では一番下。会社では一番上。そのギャップにはひどく苦しめられたけど、今、幸せに包まれる瞬間があることに感謝。


ーーここまで、お仕事のお話をお伺いしてきましたが、息子さんのお話をお伺いしてもよろしいですか?

健康食品の会社で働いていたときは、主人の実家に同居をしてたけど、自宅では嫁として一番下の立場、だけど会社ではトップなわけですよ。そのギャップ!調整するのは本当に大変でした。
息子が高校の3年生くらいから経営していた食品工場に行きっぱなしで。息子はおばあちゃんにお任せ状態で、息子にも義母にも迷惑かけて申し訳ない気持ちでいっぱいでしたね。

ーー今、息子さんとは仲良くされてますよね。

はい。結局その頃離婚もしたので、息子の結婚式には出席できませんでした。ただ息子は結婚の報告をしてくれた時、「何があってもお母さんはお母さんだよ」って、ギュってハグしてくれて。何かあると連絡くれたり、一緒にご飯食べたりしてる。今年のGWに、2週間くらい息子のところに行って出産後のお嫁さんと孫の世話をさせてもらったときは、もう、本当に幸せで。むちゃくちゃ幸せで。

ーーーほんとに、その幸せ感は、すごいですね~~!!!

もともと、専業主婦になりたかったから!お料理作るの好きだし、家事も好きだし、子ども好きだし、お裁縫好きだし。専業主婦で幸せに暮らすつもりだったんだけど、なかなかそうはいかず、私も社会に出なきゃいけなくなって。だけど、それがなかったら私のキャリアって積み上げられてなかったと思うと、いろんなことに感謝ですよね。




結局、明日どうなるかわかんない。だから「今」にフォーカスするの。でも「今」の在り方は、17年前にもう決めてた。


ーーご家庭も色々あったけど、幸せを感じられることも増え、やっと、「自分のこと」をできていきそうなステージが来たのでしょうか。

自分のこと、よねぇ。そうですね。キャリアコンサルタントとして、3年後、5年後、10年後のキャリアプランをっていう話をするけど、今は時代が変わったので、それはもう適応できないだろうなって思うんですよね。結局、明日どうなるかわかんないじゃない?

ーー未来は分かんない!

そう!そんな先のことをあれこれ考えても無駄だと思うのよ。だから「今」を一生懸命生きるすべっていうのが、これからのキャリア形成の中ではやっぱりすごく大事だと思うの。それが、一つひとつの未来につながっていくわけで。未来こうしたいからって思っていても、ほんとに状況変わるし、自分の気持ちも変わるだろうし。だったら、「今」にフォーカスして、「今」を一生懸命生きることが一番大事だろうなって。過去にとらわれることなく。未来を心配することなく。夢を持つことは大事だけど、それに囚われてしまったら、ちょっと違ってきたりするかな。

ーーそうですね、「達成せねば!」になっちゃう。じゃぁ、「今」にフォーカスして、「今」やることをやり続けていたら、「今」の連続のその先に、何かしらこうなるだろうな、みたいなビジョンっていうのはありますか?

正直言って、先は見えないし、考えてないんですよ。どちらかと言うと、いつ死んでもいいって思ってるので。明日はなくてもいい思っているので。先の事は本当に考えてません。キャリコン講師でこんなこと言っていいのって思うんだけど(笑)

だから「生き方」っていうよりも「在り方」なんですよ。

そうそう、これ2002年にトータルセラピストを勉強してる時に書いた自分自身のミッションステートメント。17年前、本当に「こうありたい」って思ったから、これを実現するために、多分、色んなことの経験ができたんだと思います。振り返ってみると、これってジャスト40歳の時。すごいよね~


伊藤由美さんのミッションステートメント

~The Ways To Myself(自分自身への道)~  2002.5.9

自分の魂に対するアファメーション
私は、果てしない宇宙(神)から、とうとうと流れ出る
尽きること無い「愛の大河」のひとしずくとなって
人々の、乾いた心を潤している
人々に、永遠の愛をそそいでいる

自らが、「愛の大河」の中で生かされていることに感謝し
愛ゆえに出会う様々な出来事を、心行くまで味わいきり
流れに身を任せながら、時にはたゆたい、けれども凛とした
きらめく水晶のごとき、一滴である
Ⅰ在り方・生き方
自分の今生における魂の役割と、果たすべき目的のプログラムを明確にしながら、本来の魂の目的を忘れた人たちが、自分の使命を無事に今生で果たせるようサポートしていく
Ⅱ人間関係
人間として精神的に自立し、お互いが依存ではなく共存することで必要とし合う関係を築いていく
Ⅲ心身の美と健康
外面に現れる内面の充実をはかるため、知性と感性を磨き美しさを体現しながら、それを維持するため、自然の恵みを享受し健康的な生活をする
Ⅳ将来・夢
人それぞれが望む癒しについてトータルにプロデュースし、メンタルケアを中心に、心身の健康、美容を総合的に提案していく環境を整える



全て自分が予定していたこと。これを決めたから今があるんですよね。すごく落ち込んだ時、自分の選択に自信が無かったし、全て間違いとさえ思ってました。でも落ち着いて客観的に自分を見つめ直したら、全て自分が望んで選んできたんだって思えて。・・・全部失うことになったけど、私はそれがしたかったんだって。

ーー自分で選んで来たんですね。

うん。凄く納得してます。当時は分からなかったけどね。全て、正しかった。

ーーカッコいい~~!!辛かったですけどねぇ~~。

辛かったし、大変だったけど、ぜ~んぶ、正しかった。私の辞書に、失敗の文字はない。すべて経験。




大切なのは、「在り方」。「人間力」を上げること。自分が発した「言霊」に責任を持ち、これからも貪欲に成長していきたい。


ーー読者へのメッセージを。

キャリコンの講座って、スキルとかテクニックじゃなくって、キャリコンの人間力を上げるってことに尽きる。そこに尽きると思うんですよ。「在り方」なんですよ。
慮る(おもんぱかる)っていう素敵な言葉がありますけど、それができないと、キャリコンって難しいと思う。でもわたしも本当にまだまだ完璧じゃなくて。いっぱい失敗するし。足りない。「言葉」で失敗してきたことはたくさんあって。人を殺すも活かすも「言葉」。

ーー一人ひとり、「伝わる言葉」が違いますからね、そこは気を使いますし、難しいですよね。その「言葉」を操る能力って、もう、簡単にノウハウで伝えられるもんじゃない。

ね、その人の人間性が出るし。自分の口から出したものには魂が宿る。「言霊」って言うよね。いい風に仕事するし、悪い風にも仕事するから、責任持たないといけないっていうのを、本当に肝に銘じています。若い頃はついね、ぽろって言っちゃったこともあってね。実はあの言葉で傷ついたのよっていう後日談もたくさんあって、そのたびに反省して。本当に、日々、精進。まだまだ足りない。これからも、貪欲に成長したいです。




キャリコン養成講座は、天職。共に学び、成長し、世の中の仕組みにメスを入れる人財を育てていきたい。


ーー最後に、由美先生ご自身で言葉にしておきたいことがあれば。

私の使命は、自分が何かを起こすっていうことではないの。今、世の中の仕組みがどんどん進化する中で、そぐわなくなってきてるものがいっぱいある。だから、本当に皆が幸せに、楽しく生きられるように、社会の仕組みを変えていくことができる人たちを育てることが、私の使命だと思っています。

学校制度だったり、会社の組織の制度だったり、世の中の仕組みにメスを入れていけるような人たちを育てたいです。キャリコンの資格を活かしてもらってね。受講生にはいろんな分野の人達がいるから、それぞれが自分の分野で本気で社会を変えようっと思ったら、本当にどんどん変わっていくはず。実際、こんなこと始めました!とか、こんなことやりますよ!とか報告してくれる修了生がいて。そういう人たちを一人でも多く育てていく・・・って言うとおこがましいんだけど、縁して、私と一緒に勉強してほしい。そしてわたしも一緒に成長したいです。

ーーいいお仕事されていますよね!

天職だと思います。キャリコン養成講座は。

ーーキャリコンの可能性は大きいですよね!社会の在り方を変えていく!先生の使命を伺って、私の使命に共鳴するものを感じています。

本日はたくさん自己開示いただき、ありがとうございました。



▽現在、伊藤由美先生はこちらでご活躍されています。

【LEC福岡本校】キャリコン養成講座
https://www.lec-jp.com/school/fukuoka/tag/caricon/001557.html
結婚相談所Izumo mariage(イズモマリアージュ)
https://izumo-mariage.com/counselor/
【七夕婚活セミナー】第二弾_婚活力を上げる「交際マナー」と「恋愛術」
https://ameblo.jp/izumomariage/entry-12479764487.html

<インタビュアー>三好真代(左)と伊藤由美さん(右)
筆者は伊藤由美先生ご指導の元、キャリアコンサルタントの学びのスタートを切りました。


▽<今回のインタビュアー>三好真代の記事はこちら


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福岡県で活動する非営利団体「ままいる」は、無料コワーキングスペース「ままいるーむ(https://mamairoom-web.mamaile.info/)」、子育てコミュニティ(https://kosodate-support.info/fukuoka/)を運営しています。

心があったかくなりました!
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キャリコンもっち

25歳で長女を授り、完ぺきな母親を目指し専業主婦に。理想とかけ離れた実態に、ダメ母まっしぐら。4年後に次女、9年後に三女を生み、3姉妹の母となり、ようやく分かってきたあれこれを綴ります。40歳リ・スタートに選んだ職業はキャリアコンサルタント。生涯学び、役目を果たします。

キャリアコンサルタントのリアル

活躍するキャリアコンサルタントにインタビューし、キャリア支援の役割、仕事の仕方、働き方、難しさ、やりがい、自己研鑽の必要性などを確かめ、キャリアコンサルタントのリアルを伝えます。 多種多様な活動領域を持つキャリア支援者の可能性は大きく、これからのダイバーシティ社会を生きる個...
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