見出し画像

Living,Loving,Learning #012

やがて大人たちの笑い声も、ぼくたちのと混ざり合った。オリビアおばとロジャーおじ、ジャネットおばとアレックおじが果樹園を抜けて現れ、一日の労働が終わった後たまにするように、ぼくたちの仲間に加わったのである。
光と影の交錯する魔が刻が、苦労と心配を中断させてくれた。そんな時ぼくたちは、大人がいつもより好きになるのだった。彼らが半分子どもに立ち返っていたからだ。
ロジャーおじとアレックおじは、少年のように草の中でのんびりと休んでいた。うす紫のきわだって美しいプリントのドレスをきて、首には黄色のリボンを巻き付け、いつにもましてパンジーらしく見えるオリビアおばは、腕をセシリーにまわして、ぼくたち全員にほほえみかけた。そしてジャネットおばの母性的な顔からは、苦労が耐えなさそうないつもの表情が消えていた。

ーモンゴメリ ストーリーガール 第23章 夢はそんなものでできているー


私が岐阜に越してはじめて一夜を明かした翌日の朝、生まれてはじめて、羽が黒く、からだの軸がエメラルド鉱石みたいに光るトンボの群生に出会って息を飲んだ。

後から調べたら、「ハグロトンボ」「カミサマトンボ」と呼ばれるそうで、水が綺麗な地域にしか生息できないらしい。夢中で携帯のカメラで写真を撮ったけど、ちっとも綺麗に撮影できず、このときの美しい光景は、わたしの記憶の中だけに大切にしまわれている。

モンゴメリとの再会は、ひょんなことでみつけた、図書館の除籍本だった。村岡花子訳のアンが並べてあるのをみつけて、私は嬉々として持ち帰り、再読して苦笑してしまった。

わたしはトンボの群生をみかけた、ちょっとしたお山と田んぼの境目の小さな谷を、なんて名付けようかしらとずっと考えていた。そうやって、名もないところに名前をつけて、こっそりと楽しむ喜び。そういったことが、私の人生にほんとうにいままでなかったから、寒さが厳しくなるぎりぎりまで、小躍りしてそこら中を自転車で走り回っていたっけ(寒さが厳しくなっても、夜空が綺麗だし、方向音痴なので相変わらず走り回っていたんだけど。)

そうやって私が、地方移住によって手にした暮らしに目を輝かせてはしゃぎまくっていた間、息子はかなりご立腹だった。前の住まいでは、都会らしい遊びをたくさん満喫し、近所にたくさん仲間がいたのに、それらが一気に奪われ、外にでかけず部屋に閉じこもっていることも多い彼をみて、ほんとうに悪いことをしたなあとかなり悩んだこともあった。

ところが、である。
あるとき息子が、かなり遠くにあるコンビニまで、いろいろ道を探りながら自分ででかけていった。帰宅した彼は、目をキラキラさせて、どれだけ山が綺麗で凄かったのか、ということを、必死で身振り手振りを交えて私に教えてくれた。山がみせてくれる光と影のスペクタクル。わたしもいつも通りながらうっとりしている景色を、彼も同じように美しいと感じたんだなということは強く伝わってきた。ほとんど言葉を超えた領域の、共感だった。

それから、息子とサイクリングをするのが楽しくなった。考えてみれば、前の家では息子とほとんど向き合って話をすることが少なかった。その反動のように、親子でとてもよく話すようになった。この頃がいちばん、アンスクーラーらしい日々だったように思う。
息子は近所にたくさんの友達をみつけ、前にやっていたのと同じようにカードゲームやDSで遊ぶ楽しみも取り戻したが、自然の中で過ごすという新しい感覚にも目覚めたようだ。

ここに滞在している間、暮らしはついぞ安定することはなく、約2年ほどで再度都会暮らしに戻ることになってしまったけれども、この頃にこうやって過ごしたことは、ほんとうに宝物のような時間だった。
自然の厳しさを感じながら、それに呼応するように自分を整えて暮らす感覚がとても心地よかった。

多くの人が同じような風景の中で暮らしていたけれど、彼らはもちろん車を乗りこなし、都会暮らしと変わらないような時間軸で、慌ただしく毎日を過ごしていた。だから、彼らはきっと、ハグロトンボや、山のスペクタクルなんてもう、見慣れてしまってどうでもよく、視界には入っていない。

このストーリー・ガールのワンシーンみたいに、一日の終わりにドリーミングにつながる暮らしをすることは、自然が多い暮らしだと無理なくやれるだろう。だけど、そのコツがわかれば、どこにいたって、焦点さえ合わせればできる。

ただ風景だけ整った美しい「里山暮らし」ではなく、もっと見えない領域の自然、に少しだけ触れることができた体験。

東京に住んで4年、もう忘れかけているけれど、大事にしていることはずっと変わっていない。まだまだ都会で暮らし続けそうだけれど、あの風景で感じた気持ちを忘れないように、生きるために、日々できることを。

そんなことをあらためて決意する今日この頃でした。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?