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個性が愛おしい

今日は、日常の一コマをお送りします。

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卵サンドを作りたくて、ゆで卵を剥いています。

一個目。なかなか剥けない。白い膜のようなものが苦手だから、それを綺麗に剥がしたいのに、白い実までボロボロと剥けて行ってしまいます。

殻を取った卵は、いつのまにか黄身までこんにちわとあいさつできるまでに見えてました。

なんで!?と疑問が浮かんだとき、ふとどこかで聞いた、農家の方の話を思い出しました。

食べ物にも個性があるんですよ。​大きいの、小さいの、温かい温度が合う子、寒さの方が強い子。

この卵たちにも個性があるのか。当たり前かあ。生きているんだもの。

きっとこの卵は、茹でた温度が合わなかったのかもしれない。茹で時間が長すぎてのぼせちゃったのかもしれない。冷ませすぎて、殻や膜がくっついちゃったのかもしれません。

生憎、ゆで卵に関する知識が全くなく、我が家の作り方をそのまま受け継いでいるのだけど、ゆで卵を作るようになって初めて、卵にも大きさの違いがあるんだなあって気づきました(かなり遅い発見なのですが)。

同じ温度でも、茹でている内に割れちゃう卵もある。

そんな一つ一つ違う卵が、とても愛おしく感じたのです。

…と思ったのもつかの間、二個目、三個目も全く同じように剥けませんでした。

これって単に、私のミスでは?ゆで卵の作り方、一回ちゃんと知っておいた方がいいのかもしれない。

結局は刻んで、卵サンドにしちゃうから形はこだわらないけど、身はもったいないから意地で粘りました。

刻むときも、包丁ではなくてフォークでザクザクと刻みました。大きさも形もバラバラに乱れた卵がすごくいいなと思って。

今まで、几帳面だった私は、ノートもすごく丁寧に書かないと書きたくないような人で、きっちりかっちり整っていることに美しさを感じていました。

でも、最近は整っていない、むしろ無造作なものに非常に惹かれます。尖ってて、周りとは違う自分の軸を持っている。それもちょっと遊んでいるような軽い感じで、自由に。

自己主張!みたいな感じじゃなくて、私はこんな感じ~っていうノリ。いいじゃん、自分あるじゃん、っていうふうに見えるものがすごく好きになりました。

何かの変化でしょうか。そんなでこぼこ砕けた感じの卵サンドは、これまたとってもおいしかったのでした。

おわり。

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