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吉屋真が紡いだ癒しの夜『眠れない僕等の為に。』

眠れない夜が誰しもあるだろう。遠足前日に興奮してワクワクしたり、試験日を控えて不安でドキドキしたり。眠らなければと思うほど体は言うことを聞いてくれず、夜がどんどん遠くなる。かくゆう私も、「誰かが背中を撫でて、子守唄でも歌ってくれたら。」そう思う日が少なくない。7月12日(火)、横浜BAY JUNGLEで開催された『眠れない僕等の為に。』は、そんな人に是非とも来てほしいイベントであった。この日、吉屋真は新たな人生を踏み出したのだ。“彼女は夢を見る”として。

 

記念すべき夜にトップバッターを務めたのは、吉屋がサポートをしていた小田原の“calder”である。幕開け早々『nineteen』を歌い、高橋(Vo.)は熱い歌声を会場に浴びせた。楽しそうに歌い踊るその姿と、リズムチェンジの多い曲調によって一気に観客が引きずり込まれる。ギターのカッティングが冴える『niche』は、歌謡曲のような懐かしい音色が特徴的だ。MCに入っても高橋の肩は常に上下し、全力でパフォーマンスをしていることがわずかのブレイクタイムからも伝わってくる。スイートボイス引き立つ『ほおづえ』、キーボードのメロディーが涙を誘う『水色』と“calder”の魅力を存分に発揮したステージングが繰り広げられる。彼らのラストを飾ったのは定番曲の『いつものように朝が来て』。心臓を素手でつかまれるようなパフォーマンスは、演奏の技術だけでは語りつくせない凄まじい何かを持っていた。フロアからは自然とクラップがわき、メンバーの表情も満足そうである。「俺らが1発目だなって、わかった気がする。」そう高橋は告げ、ステージを後にした。苦しい時代を支えあいながら生きてきた二人だからこそ、見えた景色がそこにはあったのだ。

 

不敵な笑みを浮かべステージに現れたのは、横浜の“アマリリス”。二本柳(Vo.)がギターを持たずピンボとして歌う『スパイス』はビブラートもきていて色っぽく、ドラムのフィルにベースのソロなど聴きどころも満載だ。「愛しい音楽の時間を、創っていきましょう!」という掛け声により始まったのは『無重力トンネル』。Jロックど真ん中をいく曲調で、静・動が色濃く表現されており、観衆たちをふりまわす。続く『ダ・カーポ』はポップでキャッチ―なナンバー。彼らを求める手が会場から自然と上がる。『ヒュールレイ』では、深くブレスを吸う瞬間に空気が凍ったような錯覚を覚えた。ストロボに照らし出される、一瞬一瞬の激動が堂々としていてかっこいい。鳴りやまぬドラムに先導され、二本柳の掛け声とともにスタートしたのは『Life is Beautiful』。ビートがきいたムーディーで艶やかな曲で、会場には「ダンス!ダンス!ダンス!」の声が響き渡った。8月には、約1年ぶりとなるレコ発を控えた“アマリリス”。変動の渦中にいる彼らが注目必須であることは間違いなしだ。

 

白衣に身を包んで現れたのは今宵唯一の女声ボーカル“午前3時と退屈”だ。こぶしを合わせ始まる、甘美な娯楽の時間。可愛らしい容姿とは対照的なサウンドで、『労働者の女』からサイケデリックな空間を作り上げる。たかのしま(Ba)が「夏の曲を持ってきました!お手を拝借!」と告げスタートしたのは『お祭り』。日本の祭を象徴したようなリズムになっているのだが、それに乗る音色は日本以外のどこかを彷彿させ、音楽の化学反応がステージ上で繰り広げられる。ハウリングやノイズなどの音づくりが特徴的な『虫歯』、ドラムのフィルがクールな『還れないよ』と続いていく。ベースのリードにより始まった『東京ドリームランド』は、シューゲイザーの空気を孕み、毒々しくてポップな仕上がりだ。救いがテーマとなっている『歪み』は、セクシーな吐息で始まった。リズム隊に重なるのはコードではなく繊細な単音で、曲の尊さがより増している。後半のあにそにん(Vo.)のアカペラは色々な感情が1本に束ねられていて、とても強くて儚かった。3拍子のリズムにフロアをなびかせ、彼らはステージを去っていった。

 

穏やかだが激情的な夜は、どんどん深まっていき、よい子は寝る時間となった。いよいよ“彼女は夢を見る”こと吉屋真がステージに舞い戻る瞬間が来る。幕が上がるとパジャマに身を包んだサポートメンバーのみが、舞台にたっていた。足音、笑い声、水音と規則性のないSEが鳴り響く中、1ミリも動かない彼らの姿に会場は時が止まってしまったよう。目覚ましの音がなり、ようやく“彼女は夢を見る”は姿を現した。彼の世界観を色濃く映し出された『眠れない僕等の為に』が読み上げられ、会場がグッと前のめりになる。ピアノの弾き語りで始まる『mizuyari』は、バンドというよりも壮大なオーケストラ。その長い指から紡ぎだされるピアノの音色は、全部の悲しみや喜びを背負っているかのような重さがあり、破滅と救いが混在していた。続く『銀の鎖と髪飾り』は美しい物語を歌詞に落とし込んだ曲で、リズムを口ずさむ彼の顔には笑みがこぼれる。美しいピアノのイントロで始まったのは『海よ』。一見、淡々と歌っているように見えるのだが、声を聴いているとすごく熱がかよっていて、思わず聞き入ってしまう。「実は最後の曲です」と告げ始まったのは、大切な友人を思い作られた『夜に帰る』。体のラインも細く、どこか頼りない印象すらある吉屋だが、マイクを通して響き渡る歌声は強さしか感じなかった。その歌声に重なるコーラスは讃美歌のようで、教会でゴスペルを聴いているよう。魂を叫ぶように歌う彼の姿に観客の瞳は潤み、いくつもの星が輝いていた。MCで彼は「かつては、ネガティブな感情から曲を作っていた。でも今は、綺麗なもの、美しいものから曲を作りたいんです。それが気持ちいい。」と、話していた。誰かに批判、評価されることを恐れていた吉屋真。そんな彼が辿りついたのは、誰かの独断や偏見に振り回されることなのではなく、ただただ美しいセカイの輝きに心ふるわせ、音楽を通して誰かと心を通わせることなのではないだろうか。

 ―誰かが誰かを思いやる―、そんな優しい気持ちに包まれた夜はあっという間のうちに過ぎていった。“彼女は夢を見る”の言葉を借りるならば、「何もかもを奪ってしまいそうな夜でした。」に尽きるだろう。「人生、幸せなことばかり」などと上手くはいかないものだが、こんな夜があるから、もうちょっと生きいてもいいかな、と思えるのだ。

Photo by:ゆぴ(アマリリス)
     ひな(calder/彼女は夢を見る)

Text by:さかいあやか
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参照

彼女は夢を見る

calder

アマリリス

午前3時と退屈

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