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【あべ本#9】望月衣塑子&特別取材班『「安倍晋三」大研究』

「いったい何のマネだ!」と言いたくなる表紙

「いったい何のマネだ!」と言いたくなる表紙ですが、この表紙が物語っているように、一部リベラルの間では、望月記者は「アイドル」であり「希望の星」なのであります。

以前、護憲派の集会にもぐりこんだ際には、会場から「望月さんのような元気でパワーのある女性を呼んでほしい」との声が上がり、私は思わず壇上の上野千鶴子さんと香山リカさんの顔を窺ってしまいました。お二人にはまだまだ元気もパワーもあったと思うのですが……。また別の反安倍集会では、なんと望月人気(+前川喜平人気)で会場満員、ということもあったほど。

ウェブ上の記事や他の望月記者の書籍でも顔写真はマストなのですが、取材中の姿が多く、こういうドレッシーな望月記者の写真が使われるのはさすがに珍しい。

どうもこの写真を担当している佐々木芳郎カメラマンの趣味らしく、彼が絡んだ同じ版元の書籍『THE 独裁者 国難を呼ぶ男!安倍晋三』でも、表紙から始まって中まで「……何このポートレート」と思う写真が掲載されていたことが思い出されます。

なお、『THE 独裁者』では共著者の古賀さんの笑顔のポートレートもありますのでご興味のある方はぜひ……。

安倍disだけど漫画は面白い

さて、本書の冒頭はさまざまな「あべ本」や、安倍総理自身のインタビューなどを基にした漫画が掲載されています。このイラストの安倍晋三は、見れば親安倍でも「似てる」と思うような姿で書かれており、妙におどろおどろしく書いていないところには好感が持てます。

もちろん、美しく描かれている望月記者キャラが随時ツッコミを入れるスタイルではありますが。

この漫画、結構よくできていて、先にご紹介した青木理『安倍三代』や、その他の「あべ本」を読んでいれば「ああ、あの話か」と思うようなエピソードも多いのですが、そうでなければ結構、読みごたえがあるのではないでしょうか。基本的には安倍disですが。

ここで、「ゴッドマザー」こと安倍総理の母・安倍洋子氏が出てきます。安倍総理の岸家イズムは祖父からだけでなく、この母からも受け継いでいるよなと思うのです。それは安倍総理の弟で岸家の養子になった(つまり洋子氏に育てられていない)信夫氏は、確かに保守派で秘めたる思いはあるのでしょうが、おそらく安倍総理とはタイプが違うからです。

もちろん、同じ親に育てられた安倍家の長男・寛信氏も全然タイプは違うでしょうし政治家にさえならなかったので、兄弟とはいえ個人差が大きいのでしょうが、そういえば安倍晋三と岸信夫を比較する記事を読んだことはない。この漫画でもちらっと出てくるだけで、「安倍晋三大研究」と銘打って、幼少期からのエピソードから人物を掘り下げようというなら、兄弟についてももっと掘ってくれてもいいのにな、と思うのですが、そもそもこの漫画が既存の書籍やインタビューを参考にしているため、素材がないのでしょう。

アッキーこと昭恵夫人も登場しますが、その描き方には若干の悪意を感じます。彼女が反原発・反巨大防波堤を掲げて飛び回っていたときは、『AERA』なんかだって「家庭内野党」「新しい政治家の妻のありかた」などと言って彼女を担いでいたんですがね。

そこで彼女が体感した「主人(安倍総理)に批判的な人とでも、私は話ができる」「私が動くことで、政治が動きやすくなることもある」というある種の成功体験が、森友事件の話につながった部分もあるだろうに、この点を反安倍派がまるで考慮していないのはどういう了見だろうかと思います。

内田樹的なもののの終焉を見る

この本は、前川氏が出てきたり、例の「ケチって火炎瓶」事件を追っていた山岡俊介氏、籠池夫妻が出てきたりと盛りだくさんではあるのですが、ボリュームを割いているのは先の漫画と、内田樹氏との対談です。

どこで聞きかじってものを言っているんだろうかというような内田氏の官僚論は正直話半分というか、「それっぽく言っているけど、結局、あなたの想像ですよね」としか言いようがありません。

内田氏は先日、Twitterで『ネット右翼とは何か』という本の内容について得意げにつぶやき、執筆者から「そんな単純な話じゃない」と指摘されると、「半分しか読んでいなかった」と正直に謝っていたのですが……。

あくまでもツイート(つぶやき)であって、論文でもないからそこまで問題にする必要もないのかもしれませんが、なんというか「こういう態度なんだな…」というのは上記の対談とも通底するものが無きにしも非ず。

安倍総理に対する評価もすごい表現です。

《人格的な脆弱性において、ここまで未成熟な為政者はこれまで戦後日本にはいたことがない》

「人格的な脆弱性」って何ですか、と思いますよね。要するに、「間違ったことを謝れない」ことなどを指しています。

《(安倍総理が長けているのは)人間の卑しさと弱さについて熟知している点ですね。どうすれば人の弱みにつけこんで、操縦できるかということについては確かな知識と技術を持っている》

これを外交で発揮できていたらある意味強いのでしょうが。果たして。

対米追従批判は共感するのだけれど

安倍批判と言えばおなじみ、というくらい登場する「対米追従批判」。反米保守というか自立志向保守の私としても、左派から対米追従批判が出るのはある意味頼もしくはあるのですが。

ここで望月記者が何気にすごいことを言っています。

《官邸に出向している官僚の中には「総理を心底支持しているわけでは全くない」と言う人もいます。「では何故?」と聞くと、「日本がどうということよりも、当分は、安倍政権を支持しろという、これは米政権、ホワイトハウスの意向だから」と平気で言う方もいます》

……これ、本当なら大問題じゃないですか。安倍どころじゃないですよ!! 少し前に防衛省の職員が「半分冗談だけどアメリカの51番目の州になったら楽なのに…」みたいなことをボソッとこぼした件が朝日新聞で報じられましたが、「平気で言う方もいます」じゃなくて、ここをもっと掘り下げないと! ここにこそ戦後日本の問題があるんですよ、望月記者! と叫びそうです。

鳩山由紀夫元首相が首相時代を振り返って、例の「腹案」が漏れた件について「官僚は鳩山ではない別の何かに忠誠を誓っていた」と何かの本で述べていました。「別の何か」こそアメリカ(在日米軍)だったわけです。

こんな大事な件をスルーして、「アメリカにとって扱いやすい安倍総理」批判に行くあたりが、もう「対米追従」が骨身にしみていることの証左じゃないでしょうか。事態は深刻です。

また、リベラルの人で指摘しているケースがあるのかどうかわかりませんが、鳩山政権時代に日米関係を急激に変化させようとしたためにできた軋轢があり、安倍政権はその尻ぬぐいをするために対米追従を強めたという見方もしうるわけで、ここは私の調査課題でもありますが、見落としてはいけない点ではありましょう。

インテリしぐさはもう結構です

言い方は悪いですが、内田氏と望月記者が四の五のと話してきて、「どうしてこんなろくでもない総理が支持されるのか」という話になるわけですが。なんとその結論は、こうです。

《安倍首相のような人物が総理大臣になって、長期政権を維持し得ているのは、彼のありようが現在の日本の社会構造にジャストフィットしているからなんですよ》

「そうですか、じゃあどうしようもないですね」という感じです。もちろん内田氏は「そんな現在の日本社会のありよう」そのものから自分だけを遊離させて批判して見せ、(この本ではないですが)しまいには「私は天皇主義者である」とか言い出すわけですが、こういうたちの悪い諦念をインテリしぐさだと思っているような人には、もはやオピニオンを発する資格はないのでは、と思います。


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