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【あべ本#14】日下公人『日本精神の復活』

「安倍晋三が世界を救う」?

これも「あべ本」? というタイトルですが、副題は《安倍首相が「日本の自立」と「世界の再生」を果たす》。第二次安倍政権発足して間もない2013年2月に刊行されています。

民主党政権の惨状で日本人が目覚め、いよいよ日本精神が復活する、その象徴が安倍晋三であり、崩壊するアメリカ、EUを救い、世界を救う――というのが本書の壮大なコンセプトであり内容です。

実は親安倍であれ反安倍であれ共通するのが、この「安倍晋三世界中心論」であり、トランプや金正恩が暴れるのは「安倍のせいだ」とする「アベノセイダーズ」(反安倍派)がいれば、一方には「安倍が世界をつなぎとめている」「G20でもサミットでも、安倍が世界をまとめている」とする「アベノオカゲーズ」(親安倍派)がいるというわけです。

本書では、「元々、世界最強の『常識力』でジャパンアズナンバーワンであるべき日本人が覚醒し、『安倍晋三』を選んだことで日本は大復活し、世界も救うのである」という、ある意味最強の「アベノオカゲーズ」論が展開されているといえます。

「考えるな、感じるんだ」

筆者の日下氏の本は何冊かざざっと読んだことがありますが、非常にミクロな話や、ご本人が体験したエピソードから「日本の庶民の力」を感じ取り、それこそが日本の力であり、世界の宝であるとする論立てが特徴的です。

「どういう根拠で?」などと聞いてはいけない。そのようなデータや理詰めで考えるのはアメリカ人の発想であり、「考えるな、感じるんだ」、そこで感じるものこそが真に日本的な価値であり、「日本人の常識のスープに溶け込んだ庶民の知恵や世界の真理」、それこそが世界最強である……というのが、少なくとも2000年代の(私はそれ以前の著作は読んだことがない)日下氏の主張の柱であり、当然、同じエピソードも繰り返される。

その「日本的なもの」として繰り返し名が挙がるのが、意外なことに「ピカチュウ」であり「非言語的コミュニケーションで意図を伝えようとするピカチュウはアメリカの子供たちにハート・トゥ・ハートのコミュニケーションを教えた」という。

確かに日下氏は海外の経済紙などをよくチェックしており、そこで「日本のアニメが取り上げられ、評価された」という事実は存在している。それを日下流に解釈すればこういうことになる……ということなのでしょう。

しかし、違和感もあります。それは、トランプ大統領が日米同盟に関して「日本人は戦争が起きても戦わず、米国が戦っているときに部屋でソニーのテレビを見ている」と言った、あれです。「ソニーのテレビ? それいつの話?」と思った方も多いと思います。

これと同様に「ここで言っている『以前、アメリカでこんな話を聞いた…』というときの『以前』って、もう30年くらい前なのでは……」と思うことも少なくない。例えば、《アメリカは未来が作れない。同じことの繰り返しを、安くできるだけである》という一文を見ると、現在のGAFAが作り出した新しい価値とライフスタイルを知っている私たちからすれば、「これっていつの話?」という気もしてくるわけです。

ブッシュは戦犯である、といつ言ったのか

ミクロなエピソードから世界観を構築していく日下流ゆえ、安倍総理のエピソードも豊富。例の「小泉訪朝の際に『拉致問題が進展しないなら、席をけって帰りましょう』と安倍氏が総理に迫った」というエピソードは断定口調で書かれています。

もう一つは、私は初めて見たエピソード。第一次政権で首相になる前の安倍氏が、サダム・フセインが拘束されてしばらくたったころに、公開の場で、大勢の観客を前にこう述べたというのです。

「大量破壊兵器があるといってアメリカは戦争を始めましたが、そんなものはどこにもありませんでした。だからブッシュという人は、いわれなき戦争を仕掛けた戦犯ですよね。国際司法裁判所はブッシュ大統領を呼んで裁判にかけ、有罪か無罪かを問わなければいけないと思うのですが、たぶん実現はしないでしょうね、アハハ」

「アハハ」までが本文です。

しかし第二次政権発足後、総理となった安倍氏は国会質疑で「(アメリカはフセインに)大量破壊兵器はないということを証明する機会を与えたにもかかわらず、それを実施しなかったというわけであります」と述べています。こちらこそ公の場なのですが、この発言の差はあまりに大きい。

ただ前者については「公開の場」と言ってもいつどこで行われたものなのか、今のところ私は探し当てられていません。フセイン拘束から第一次政権で総理になるまでの、わずか3年の間の発言ということになりますが……。ご存じの方は是非ご連絡ください。

この後総理になった安倍氏は、07年にブッシュ大統領の前で「慰安婦に対する謝罪」を行い、なぜか当事者でもないブッシュがそれを「受け入れる」という珍妙なやり取りが生まれるのですが、この前者の発言については、今後も少し調べなければならないなと思います。これも、「安倍神話」の一つかもしれませんので。

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