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【短編小説】VRの死神

足音を殺して、僕は光り輝く街を走っていた。
頭上には、虹色のレールウェイ、空を突き抜ける高層ビル。ジェットコースターのように列車が走り、その隣を、不死鳥が飛び去って行く。

衣擦れや呼吸音のエフェクトは、オフにした。なるべく目立たないように、息を殺す。
背中に背負ったM60 機関銃は、ベトナム戦争でも使用された物らしい。そんな時代に、僕は生きていなかったけど、銃を身に着けると、気が引き締まる。
安穏と生きていた日常が、死と隣り合わせであることをより一層思い出させてくれるからだ。

僕は、今から人を殺す。

ビルの隙間から、金髪の頭が見えた。すかさず銃を撃つ。
小気味いい音が耳元で聞こえて、指先がぶるりと震えた。
獲物を捕らえた感触に、僕は恍惚となり舌なめずりをした。

「こら、またゲームばっかりして」
聞きなれた女のだみ声がして、視界がぷつりと暗くなった。
ヘッドセットをはぎ取られると、目の前には白い壁。
消毒臭さと、自分の体臭が入り混じった嫌なにおいがした。

「さあ、腕をだして。点滴をいれるから」
「やだよ、ゲームやりづらくなるじゃん」
「ゲームと命とどっちが大事なのよ」
心の中で、僕は「ゲーム」と答えた。
でも、声には出さない。言ったところで、このおばさんの看護師に「はいはい」とあしらわれるだけだ。
僕の切実さなんて、1ミリも伝わらない。

枯れ葉のようにひかれびた腕で、機関銃なんて持てやしない。けれど、ヘッドセットをつけたVRの世界でなら、僕は自由に走ることができるし、飛ぶことも、女の子と話すことも、人を殺すことだってできる。白いベッドの上で、死神に狩られる弱い立場から、筋骨隆々な狩る側の強い立場になれる。
不思議なもので、リアルの方が生きている心地がしない。

「ねえ、僕の手術の日、決まった?」
「決まったよ」
看護師は、背を向けたまま告げた。けれど、具体的な日は言わないまま、銀色のワゴンの上で、おそらく注射の針を片付けている。
いつもはおしゃべりな看護師の様子に、変な感じがした。

「そんなに、ゲームは楽しい?」
「え……うん、まあ」
突然、質問されて、僕はきょとんとして答えた。
「じゃあ、きっと君にはうれしいことだよね」
おばさん看護師の丸い背中が震えている。泣いているのだろうか。
その時、病室のドアが開き、主治医と隣には黒いスーツ姿の目の細い男がいた。
初対面のその男は、嫌な感じがした。
「やあ、初めまして。僕はこういう者です」
男は、僕に名刺を差し出した。その名刺に書かれた社名は、僕が大好きなゲームを作っている会社だった。

「え! どうして」
「君のご両親から頼まれたんだ。君を迎えに来ました」
「え?」
男は僕にヘッドセットをかぶせて、ベッドの上でそっと両肩を押した。
「なに? どこに行くの?」
「いまから行くよ。限られた人しか行けない、特別ステージへ。そこはね、満天の星空も、おいしい食事も、心地いい音楽や、たくさんの仲間がいる。君は、ゲームの中でずっとずっと今より元気になって、走りまわれる」
急に訪れた幸福に、僕の胸は高鳴った。目の前には、青い海が地平線のかなたまで広がっていた。子どもの頃に家族旅行で見た沖縄の海に似ていた。
よくわからないけど、ボーナスステージにいけるんだ!
手術前のご褒美かな? 体が軽い! めいいっぱい遊び倒すんだ。

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病室の心電図が、一直線になり電子音が部屋に響いた。
宙に浮かんでいた少年の手が、ぽとりと、落ちた。
看護師は、涙を流した。
「少年向けの安楽死の法律なんて、間違っている」
「けれど、彼はこれ以上生きる見込みはない。両親もこれ以上の手術代は出せないそうだ。なら、彼の好きなゲームの世界の住人として、送り出してあげた方がいい。そうに、決まってる」
医師は、自分に言い聞かせるように何度も頷いた。
「では、私はこれで。ヘッドセットは、有機プラスチックを使用しているので、火葬場によっては一緒に燃やしてくれるそうです。あと、これをご両親に」
ゲーム会社の男は、ICチップの入ったカードを医師に手渡した。
「彼に見せた仮想空間と同じプログラムが入っています。弊社のゲーム機で読み込んでいただければ、ログイン可能です。ただし、やりすぎには注意を。魂がVRに閉じ込められてしまうかもしれませんので」

軽やかに言い、男は病室を立ち去った。
看護師は、そっと少年の頭からヘッドセットを取った。
少年は、幸せそうな顔で笑っていた

終わり

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