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シチノメウオ

太陽が村でもっとも高い山まで降りてくると、
月を迎えるまえに村中の家々が星明りのように優しい灯りをともす。
今日への感謝と明日を迎えられる喜びを抱きながら、
家庭は温かい夕飯を迎える。

ぼくの父は漁師だから、食卓に並ぶのは魚が多い。
もちろん、料理をするのは母だ。

今日の魚はちょっと特別だ。
まな板に横たわるその魚は、
目が7つあるから「シチノメウオ」と呼ばれている。

7つの目はそれぞれ硝子体の色が違っていて、
まるで虹みたいだから「ニジノメウオ」なんて呼ぶ人もいる。

父さんに「目玉はおいしいの?」と聞いたら、
「それはもう極上さ! なんたって漁師にとってシチ(死地)で捕れる魚だからな!」
なんて、中年の言葉遊びが飛び出るほどのご機嫌になれる味のようだ。

目玉はみんな味が違うのかな。
サンゴのような薄い色をした目玉は、鮭のような味かな。
海の色と同じ色をした目玉は、しょっぱいのかな。
父さん曰く「酒が上手くなるなかなかの珍味」らしい。

満月の漁でシチノメウオが大量に捕れた日は、
父さんは必ず漁師仲間と家族を招いて酒宴を開く。
「貴重な恵みを共に喜び、感謝するためだ」と。
(本当は酔って踊って歌える口実だと思うけれど)

シチノメウオは村では貴重な食糧とされる。
捕まえようにも、こちらの動きを読まれているかのように仕掛けをかいくぐられてしまうとか。
目が7つあれば周りを広く見渡して、自らの身を守るのも容易なのだろう。

でも、父さんが相手だと話は別だ。
父さんは村で一番の漁師と言われている。
父さんにかかれば、どんな魚だって捕まえられる。
シチノメウオだって例外じゃない。
そうか、シチノメウオを捕まえられるすごい腕を持っているから、
村一番の漁師になったに違いない。

そして母さんは、村で一番シチノメウオの料理が上手だ。
父さんと、漁師仲間が揃って言う。
ぼくは上手な理由を知っている。
なんたってシチノメウオはふたりの大好物だからだ。

父さんがシチノメウオを持って帰ってきたとき、
母さんはぎゅっと父さんを抱きしめる。
そして、毛むくじゃらな指の腹のやわらかな肉球で、
投網で傷だらけになった父さんの手を優しく撫でる。
それから、涙がこぼれそうな瞳で父さんの顔に微笑むんだ。

それは大好物が手に入った喜びや感謝だけじゃない。
父さんの言葉遊びが、事実だから。
無事に帰ってこれた。
それに勝る気持ちはないんじゃないかな。

父さんが生きていることは、
母さんにとって幸せなことで、
母さんが生きていることは、
父さんの幸せな理由で。

ふたりが生きて幸せだから、
ぼくが生まれて、
ぼくが幸せに生きているから、
ふたりも幸せに生きることができる。

今日への感謝と明日を迎えられる喜びを抱きながら、
ぼくたちもそろそろ夕飯を迎える。


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