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選ばれるために把握すべきルールとやるべきこと/読んでいただけたことへの感謝

厚労省が定めるパワーハラスメント6類型(①身体的な攻撃、②精神的な攻撃、③人間関係からの切り離し、④過大な要求、⑤過小な要求、⑥個の侵害)の典型例は分かっても、
何度犯せば違法となるかその回数がわからない。

例えば、
何度会議から外せば③人間関係からの切り離しになるか、
何人に病歴を伝えれば⑥個の侵害となるか等。
2020年から企業に6類型を犯さぬようにとの対策の義務付けがされたから、社内ルールを定めはしたが、具体的回数の規定を設けられず、ザル法になる。

結局、パワハラがあっても会社はパワハラを認定できない。従業員は会社で良い立場になり、他人を踏み台にしるパワハラをしても、よいポディションに定着すれば勝ち。

せっかく審査基準たる六類型を明確にしても、運用ができない。というか、運用をできなくして企業の裁量を認めている様にもみえる。
しかし、組織にはパワハラを認めないことも必要なのは違いない。なぜなら、例え悪を起こす人でも組織には必要だから、排除より受け入れていくための裁量を残す必要があるから。
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走って早い順に受賞が決まるマラソンは見ていて分かりやすいし、納得がいく。しかし、モーグルやハーフパイプ等を見ていると、「なぜ?」と疑問を持たずにいられないことがある。
透明性がないと不信感に繋がり、面白くなくなってしまう。不当な判断じゃないかと疑念を持つと楽しいよりイライラが増える。

だから、明確に、分かりやすく、正しい判断を、人間がやらなければならない。そのための審査基準が必要となるがそれは公にされない。仮に公になってとそれは無難な言葉にすり替えられる。
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これまで私が生きてきた世界には、暗黙の審査基準があった。
とりわけ、人事評価や学校の成績のような、好き嫌いで判断がされやすい場面では、理不尽ながらも最低限の言い訳ボーダーがあった。例えば、人事評価はクレームの回数のみならず協調性で上から決まっていく。
学校では、テストと発表の回数だけでなく先生との仲良しさで成績が決まった。

評価を得て、あるべき場所で生きるためにはこの暗黙の審査基準を見破り適応することが必要となる。
人は他人を素質や実力だけで判断出来ない。それはもしかすると他者と共生していく上で不可欠なことかもしれない。
人が人とともに生きていくために必要な暗黙の審査基準に合致していることも重要だったりする。
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創作大賞2023で、私は、
「読者応援期間の人気度(スキ数やコメント数、読了率などを総合的に判断)を参考にして、一次選考通過作品を決定」
との文言に引っ張られ、数字で決まると思い違いをし、見えざる審査基準を意識することを忘れてしまっていた。
それは最後まで読んでもらえる前提条件とも言うべき基準だろう。私は、人気度による総合的判断をしていただけるところにすら行き着いていなかった可能性がある。

だから、誰かわからない得体のしれない者にならないように、最低限のこととしてアイコンを自分の顔に変えてみた。
他にも対応すべきことはあったと思う。
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仕事にしろ、学業にしろ、賞にしろ、
沿うべきルールが違えば、対象外となってしまう。仮にいかに良いものを残そうと、見てもらえていない。それは無いと同然だろう。

しかし沿うべきルールは、多くの場合、暗黙で不明瞭。
仮に明確にルールが見えたとしても、まるでハラスメント判定基準のように、反対意見を受け入れる余地があり、基準になっていない。

つまり、選ばれる基準は「何かと合っていなければならない」と言った感覚だろう。それを知って把握しなければいけない。
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きっとどの世界においても日の目を見るためには、見えない何かに気づいていかなければならないのだろう。
何かを目指し、どこかに自分の居場所を作るためには、方向性を合わせた上でいいものを創らなければならなかった、そう再認識する挑戦だった。

それでも、「アクマのハルカ」「ネゴシエーター〜学内トラブル交渉人」「扉を開けて!進学のためにやったこと」「イチョウに乗せた伝言」を読んで下さった皆様がいて下さったこと、すごく嬉しかったです。
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ありがとうございました!!

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