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技術の進歩との距離

今年に入って、日本でも人工内耳の最新プロセッサ
Nucleus7(通称:N7)というのが発売された。
https://www.hearyourway.com/jp/n7/adults

こちらの記事にもN7が取り上げられている。
https://dot.asahi.com/wa/2019022300015.html

スマートフォンとつながって、音楽や電話の声をストリーミングできるということで注目を集めている。
最近は補聴器でもスマートフォンとBluetooth接続し、アプリを活用してある程度は自分でコントロールできるものなども複数登場しているし、
人工内耳にもその流れがくるのは自然なこととも思える。
今やスマートフォンは多くの人の生活に欠かせないものであり、キャッシュレス決済の導入も進む中、スマートフォンさえあれば外出にも困らない時代だと思う。
遠隔支援などの可能性も広がっていくと思うので、これから自分もこういった技術を使いこなしてより幅広く、充実した介入・支援を行っていけるよう学び続けたい。

その一方で、より聞きやすい技術が登場・進歩していく中での懸念が私の中にはある。

「きこえにくい自分」という存在の認識

電話は、聴覚障害者が社会生活でぶつかる大きな壁の一つだ。
電話をとるのが難しいということで、就職活動で苦戦するという話も多く聞く。しかし、N7のように電話の音声を直接プロセッサに届けることができれば、電話の聴取も向上することが期待され、そのハードルは下がっていくことも期待できる。
これは、聴覚障害者の選択肢を幅広くしていくという意味でとても前向きに捉えられることだ。
これからは電話コミュニケーションの訓練なんかが必要になるだろうし、再び注目されそうな予感がする。

こうやって、「きこえる」状態が整備されていく。
しかし、人工内耳装用者も依然として難聴の状態であり、健聴者ではない。
相手の話し方や場所によっては、聞き取りの内容に大きく差が出る。
人工内耳を外すと重度難聴者であることに変わりはない。

「きこえるのにきこえにくい」そんな状態が人工内耳装用者自身を悩ませることが出てくるかもしれない。

発音が明瞭であったり、「音」によく「反応する」様子から
「すごい!普通にきこえてるね」と周囲が何気なくかけたことばに複雑な思いを抱くことがあるかもしれない。

「普通にきこえているような様子」が見えるからこそ、理解が得にくく、誤解が生まれてしまうこともあるかもしれない。

そんなとき、私は人工内耳装用者が、「人工内耳装用者としての自身」について周囲に伝えられる力を育てていくことが重要だと感じる。
「人工内耳装用者としての自身」とは、「人工内耳をしてある程度聞こえる、けれど、聞こえにくい部分もある自身」をも含む。

それを知っていることが、技術と付き合って、社会生活をより充実したものにしていく上で重要なのではないだろうか。
人工内耳装用者が実際にどのような音をきいているのかを私たちが本当に知りうることはできない。
だからこそ、教えてほしい。
自分のきこえについて、自分の性格について、どうすれば自分は能力を発揮できるのか、わからないからこそ、教えてほしい。
「きこえにくい」と訴えるだけではなく、「きこえにくい、だから、こうしていきたい、こうしてほしい」と表明できることこそが、「生きる力」なのではないだろうか。
これを支えることが私たち専門家の仕事だと思う。
ことばのプロフェッショナルだからこそ、言葉にできない彼らの葛藤を
いろいろなことばを投げかけ、やり取りしていく中でほどいて、彼ら自身の中に落とし込み、外側に出せるものにしていく責務がある。

技術がどんなに進歩しても、それを「自分にとって」適切に位置づけ、使いこなす(使うか使わないかの判断も含まれるだろう)ことこそがトレーニングの目標だ。
その技術を通して何を目指すのか。
人(装用者・家族)対 人(専門家)だからこそ、それを一緒に考えることができる。技術ではなく、人にしかできないことこそ、今目を向けるべきなのかもしれない。

聴覚障害者と技術の距離だけでなく、聴覚障害者と社会の距離のバランスも大切にしていける、全体を見渡せる仲介役でありたい。


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