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型抜


冬の夜が好き。冷たくて澄んだ空気は、外が暗闇に包まれることを億劫だと感じさせてくれない。冷たい空気の中吸う煙草が好き。夜は好きな人の声が聞ける。

日が沈んでいくのが憂鬱だと感じる時期があった。朝が来るとお日様の暖かさに安堵し、時間が経つにつれて西に傾いて行くお日様に寂しさを覚えた。虚しさばかりの夜は私の希死念慮を助長させ、毎日毎日死にたいと考えた。どうしたらこの気持ちが私の脳内から消え去ってくれるのかを考えることにエネルギーを消費して、正気を保つために絶望から這い上がったひとたちの音楽を聴いた。一度絶望を味わった人間の音楽は、すんなりと私の体に馴染んでくれた。

去年の冬にリピートしている音楽を聴くと思い出す。その時の感情も、それらを押し殺していた時の自分も、そんな私が実際に何をしたかったのかも、全て思い出させてくれる。良いことも悪いことも全部。

過度に人に期待しすぎるのが私の悪い癖だ。心のどこかで常に見返りを求めてしまうのも私の悪い癖。大切だと思っていた人に大事にされなくなった時、私は酷く絶望する。でも最近実は私も同じようなことを周囲の人間にしてしまっていたのではないかと自分を嫌悪することがあった。社会の中で揉みくちゃにされる準備はできているのに、心はずっと子どものままで何も変わっていない。好意を抱くことも、嫌悪してしまうものも。


何かにのめり込みたい。人でもなく、お金でも無く、私に悪影響を与えない有機物に出会ってだめになりたい。悪影響を与えないといいつつダメになりたい、ってなんだか矛盾しているけれど、それが私が心の余裕を保つためのひとつの手段なのだと思っている。

最近は酸素を生み出している。飲み物とゲーム、煙草をベランダに持ち出す。煙草で肺を汚す行為とは裏腹に、肺に目いっぱい冬の澄んだ空気を取り込むのが気持ち良い。今年は暖冬らしい。青空が広がっていて、パーカー一枚でベランダの隅に腰を下ろしていても全く寒さを感じない。一文目に「酸素を生み出している」と書いたのは、この行為を私が光合成と呼んでいるからだ。

大学の卒業制作も完成させて、後は卒業するのみ、なのだけれど、これだけ文章を書くことが好きなのだから、”卒業論文”とやらを書いてみたかったというのが本音である。

今ふと振り返って、学生の私は型にはまった生活をしていたのかもと思ったけれど、社会に出たらもっと強固な型にはめられるだろうか、なんて。

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