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16.第1章 完結

「寂しくなったりしねえの?」
そう言われて、すぐに
いや、全然。
そう答えは出たけども、一度考えてみて
やっぱり全然寂しくなかったから
「んー、ならないかな笑」
そう、友達に返信した。

そういえば、もうそろそろ2ヶ月か。

1.最後の日

出国する時のことを考えてみた。
長期滞在した人が、日本に着いて、飛行機を降りた時、空気が醤油の匂いがするらしい。
妹が試してきて、と言われたのを忘れずに覚えていた。

家族が会いにきてくれる。
飲みに行く約束をしている。
作品撮りをする約束をしている。
バイト先にはまだ連絡はしていないけど。

最終日に待ち受けていたのは、
たくさんの思い出深い出来事たちで、
私は変人を寄せ付けるフェロモンを放っているのかもしれない。

・バーでカクテルを飲んでいたら、フィリピン
 人のコメディアンだと名乗る男性から、
 1時間ほどの熱意こもるジョークやネタを
 披露される。
・公園で座っていたら、アフリカ人にほぼ8割
 強制的にミサンガを腕に巻かれチップを渡す。
・たまたま降りた電車でキセル(無賃乗車)が
 バレて、41.5€罰金を払う。
  ※日本円にして6,500円程
 イタリア人の友達は、年間2回も無い確率と
 言っていた。

1日にしてはだいぶ濃いぞ。
もうお腹いっぱいですって。
さすが最終日、もってる男は違います。

でも、Versaceのお仕事は出来なかった。
延期になって、違う日にちの連絡を待ったが、
まだ連絡は来ていないらしく、私が帰る日程の方が早かった。
もしかしたらキャンセルされているかもしれない。
ネタという点ではある意味もっているが、
モデルとしてはツイていないというか。

そしてもうひとつ、大切な出来事があった。

所属させてもらった事務所に、出国前の挨拶に行った。ルームメイトと私、3人で。

その時にマネージャーのクリスチャンが声をかけてきた。

「何で泣いていたの?」

さっぱり何のことか分からなかったが、
どうやら私のInstagramのリール動画の中で
泣いている動画を見たらしい。

顔がとても心配そうだった。

だから努めてとても笑って、答えた。
「その時は、仕事もなくて、キャスティングも
 なくて、悔しかったし悲しかった。
 だけど今はハッピーだから大丈夫だよ!」

クリスチャンは、
「君は今回すごく頑張った。
 この前のショーもとても美しかった。
 安心して、心配しないで、泣かなくていい」

そう言ってくれて、ハグして
「次のシーズン、また待っているよ」

そう言った。

そのハグした物理的な温かさと、人の暖かさを感じて、それでまた泣きそうで。

私、涙脆いんですよ。
目の中に泣きぼくろがありますからね。

必死に抑え、ありがとうって言った。

事務所を後にして、電車で帰る時。
「あぁ、終わったなぁ。」
そう思いながら外を見ていた。

事務所に行く時の土砂降りの雨は止んでいて、
少しだけ、晴れ間が見えていた。

2.思い返して

1/4

イタリアを、そしてミラノという街を全く知らない私たち。
広さも、食文化も、人の性格も、注文の仕方も。
もちろん、土地勘も。

それを所属させてくれる事務所を探す過程で、
毎日2万歩以上歩き、ぶっつけ本番で試していった。

だから後から観光やランチの目的でその場所を訪れた時、
「あ、ここ◯◯事務所の近くだ」
なんて思ったり、
「へぇ、あの時は夢中になってて気が付かなか
 ったけど、こんなに美しい場所だったんだ」
とか思ったりしていた。

今思えば、病気なほどモデルのことばかり考えていて、余裕がなかった。

事務所も決まらず、やっと1つ決まったと思えば、仕事が決まらない。
そして、断られ続ける日々が自信を粉々にして、虚無になったりしたっけ。

夢は追いかけてた時の方がよっぽど楽しいな。

そう本気で思っていた。
追い求めてた理想は、手に入れたら
思った程、理想は理想ではなくて、
やっと、現実をみた。

2/4

ミラノファッションウィーク本番のキャスティングを控えた、私たち。
知らぬ間に、また理想を膨らませていた。

もしかしたら今までよりもキャスティングが増えるかも!
もしかしたらショーに出れるかもしれない!

やっぱり現実は甘くねえ。
ゼロ距離核爆弾喰らい、メンタル的に喰らった。

悔しかった。
何もできない自分が。
他のモデルとのレベルの違いが。

こんなにも違うのか?と思った。

自分のレベルの低さにも驚いた。

それでも、
頑張れ!応援してるよ!good luck!
たくさんの人が連絡をくれて、
よし、頑張ろう!まだまだ!!
私の心は折れなかった。

本当にみんなありがとう。
みんなのおかげだって、気がついた。

3/4

初めて仕事を勝ち獲った。
初めての成功体験をした。
たった1ヶ月、結果が出なかっただけなのに、
その結果までの時間はとんでもなく長く感じた。

それを露出した時、たくさんの人が連絡をくれた。

家族、
親友、
地元の前職の先輩や後輩、
東京に出てきてからの先輩や後輩、
多方面の友達、
少ししか関わったことがないし私に興味がないと決め込んでた人、
イタリアやフランス出会った友人、
お母さんの知り合い、
高校の先生、
海外挑戦する前の準備期間に携わってくれた人、
などなど。

結果を待ってくれていた、反応してくれた人の人数は、私の予想や理想を遥かに凌駕していた。

こんなこと、2度と経験できない。
だって、2本目や3本目は、1本目に比べて見慣れてくるし、当たり前になってくる。
そして、当たり前にしなきゃいけない。

だからこの嬉しさは、2度と経験できないんだ。
そう思ったから、噛み締めた。
痛くなるほど、血が出てもいいくらい噛み締めた。

おれは今、かけがえのない経験をしている。
人生で数えるほど有るか無いか、そんな経験をしている。

そう思えた。

4/4

ショーの仕事を勝ち獲り、
Versaceの仕事を決めて(仕事はしてない)、
自信が徐々についてきた。

そこにショーのキャスティングが舞い込んできたが、結果はダメだった。
でもショーには呼ばれなかったが撮影には呼んでもらえた。
その後も撮影に1度呼ばれたり、
雑誌の撮影に呼ばれかけたり、

たまたまかもしれないけれども、初期と比べて
私の取り巻く環境は大きく変わってきていた。

自信が結果をもたらし、精神が少し変わっただけでこんなにも結果が変わることを知った。

最後の方はピタッと音沙汰なく、
毎日ただ観光し尽くした。

イタリアで出会った人と会い、文化を教えてもらい、お店を教えてもらい、言葉を教えてもらった。

ピッツァもたくさん食べたし、
カクテルもビールも飲んだ。
少し凝った自炊をしたりした。
夜な夜なクラブにも行った。

楽しいし、ストレスなく生きているつもりだったのだが、
残りの1週間。
もうキャスティングはないだろうな。
イタリアを楽しもう。
そう思った辺りから、
朝起きたら耳の下のリンパ節がグレープフルーツくらい腫れたり、
夜になると蕁麻疹が出たり、
口外炎が出来たり。

体は意外と疲れていることを知った。

1週間ほどそんな状態が続いて、
帰国する日を迎えている。

帰ったら、少し休もう。
でも休んでいる暇なんかない。

働かないと!家賃払えねえ!!!

3.人

普通の野球部員で、そこそこ良い会社に勤め、
サラリーマンを辞めて、海外に挑戦した。
たくさん働いて、たくさんの人と出会い、
そして海外へ。

その過程で、私に本当に心の底から大切な大切な友人、数えてみたらとても少ないな。
そう思っていて、ある意味、冷たくもあるくらい人に対して無情だった。

広く浅くでも良いけど、深い人は本当に深く付き合いたいな、と思っていた。

勝手に判断して断捨離していた。

けれども、今回、その考えは少し改めなければならない。
おれが1人で勝手に挑戦して、勝手に行ったことで、迷惑したり、手間をかけたりした人も中にはいるにも関わらず、
応援してくれている。
中には、そんなに関わったことないのに、
応援してくれている。
知り合いに、歩真くんのことお話ししちゃった。
なんて言われたこともある。

私が思っていた何倍もその行動に助けられてきたことに気がつけた。

イタリアで出会った人。
新たに関わりを持った人。
そんな人たちですら、私の結果に反応をしてくれるし、マネージャーも心配を寄せてくれる。

つくづく人に恵まれるし、巡り合わせてもらえるなぁ、私。

人の力は偉大だ。
私も人に応援されたんだから、応援しなきゃいけない。
そして応援したい。
私の結果を喜んでくれた人たちが、喜んでくれたら、私も嬉しいよね。

4.帰国直前

マンペンサ空港、イタリアの国際空港。
そこでエアチャイナに乗り込み、
北京空港を経由して、羽田空港へ行く。

飛行機に乗った瞬間、当たり前だが、
「ニーハオ」
そう中国人のCAさんに言われる。

やめてくれぇ〜、イタリアに戻りたいよぉ〜。
お願いだから、チャオって言って、、、。

でも私は乗らなければならない。
急にイタリアの2ヶ月が夢の国のように感じた。

なんの許可も挨拶もなく、無愛想に
シートをMAXまで倒す、前の席の中国人やら、
並んでいたのに、寸前で私達を抜かして受付をする人たちやら、もうそんな中国人ばかりで、
本当に中国人という生き物は、自分本位だなと。
私の人に対する一種の無償の愛なんてどっか彼方に飛んでいったわ。
中には良い人もいるだろうけどね。
イタリア人、優しい人多かったなぁ。

私ね、たぶん国籍も性別も不詳なんですよ。
韓国語で話しかけられたり、
チャイニーズ?と聞かれたり、
よくユニセックスな衣装やメイクを用意されたりとね。

でも、中国人にだけは、ごめんなさいですけど、間違えられたくありません。

私日本人です。
文化や美感覚や食にプライドあります。

そんなテキトーなことに考えを巡らせ、
ついに日本に到着する寸前。
シートベルトをつけてシートを直してください。
まもなく着陸します。
そんな感じのアナウンスが流れて、窓を見たら、富士山が見えた。
みたことのある静岡の海沿いの形。
下の島々は、小笠原諸島かな、と想像した。

もうすぐ着く。
長いようで短いような、夢に感じるような時間は終わりを告げようとしていた。

急に涙が込み上げてきて、
でも泣いてたら変な人だと思われちゃうから、
一生懸命下を向き、隠した。
けれどもその時に、
「はて、これは何の涙だ?
 私は悔しいのか?嬉しいのか?」

涙の理由を探ってみた。
イタリアで、たくさんの、本当にたくさんの人たちに祝福されて、挑戦できたこと。
挑戦の結果は最低ラインはクリアできたこと。
世界の広さを知ったこと。
事務所のマネージャーや宿泊のホストや
お店の人に優しくされたこと。
またイタリアで会おうって言われたこと。
日本に帰ったら、会おうって言われたこと。

辛くて嬉しくて悔しくて、安心している。

全部の涙だった。

それを思い返したら余計に泣けてきて、
最後なんて嗚咽する声を必死に抑えて泣いた。
鼻水も涙も死ぬほど出てきて、抑えられなくて。

最初の一歩。これからが始まり。
そんなのはわかってる。
いちいち泣いてらんない。
けれども今回は出なくなるまで泣こう。

飛行機が止まったころ、やっと私の涙も止まった。

5.挑戦するということ

現状を変えて、何かに挑戦するということ。
これはとても勇気がいるね。
最初なら特に。

いっぱい色んなことがあった。

それでも挑戦できて良かった。
みんな支えてくれて、ありがとう。

でもこれは行動をした方がいい!
絶対にするべきだ!
そう思ってほしくない。

この答えが正解だと思ってほしくもない。
答えは人の数ほどあると思うから。

その人には、その人に合った答えがあるはず。

私の答えは
「人は人として生きる以上、絶対に人と関わる。
 だから、無下にしないでほしい。
 いつか回り回って、自分を助けてくれるかも
 しれない。
 出会いや過程に無駄なんかなくて、
 結局はその人の受け取り様だと思う。
 だから、もっとフラットに難しく生きなくて
 いいや!!!」

これを挑戦したからこそ分かった。
これが私の、今の、答え。

ありがとう。
全部、ぜーんぶ、ありがとう。

結んでもらったミサンガを見てふと思う。
「結ぶ」って、「吉の糸で結ぶ」だな。

最後の日、結末の日、結びの日。
その日に”吉のある糸を結ばれた”ことにロマンを感じた。

ほぼほぼ押しつけ売りだけど、
やっぱ、おれツイてるわ、ありがと。

6.現実

さーて、日本はクソみたいに暑いですね。
蒸し蒸しと本当に。
こんなクソ暑いのに、肉まんを売っているコンビニはアホだと思うね。

さっそくイタリアでは飲めなかった、
ドリップのアイスコーヒーを飲んで、
うーん、やっぱりこっちも美味しいなぁ、と思っている。

日本に帰ってきて1番最初に食べたのは、
コンビニの焼き鳥とおにぎり。
別に対して好きじゃないけど、食べるなら日本っぽいのが良くて選んだ。
たかだか2ヶ月のくせにかぶれてんじゃねえってな。

どーれ、また挑戦する準備期間に入りますか!!

また頑張るよ!
みなさん、引き続きよろしゅう。
こんなおれだけどね。
モデルっぽくないけどね。

できればさ、モデルとしてじゃなくて、
おれを好きになってもらえる様に頑張りますね。

それでは、また。

あ、そういえば、醤油の匂いせんかったわ。

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