政治家に有権者は白紙委任状を与えたわけではない。自分たちの声が反映されないまま、政治が意思決定することは許さない

表題はこちらの記事からの引用である。

この表題の言葉はいつか聞いたことがある。
昨今、特に身に染みる。

失われた30年。
最近よく耳にする言葉である。その30年間、私は常に有権者であり続けた。失われた30年を政治家の責任にすることは容易い。だが、その政治家を選んだのは私たち有権者である。私たちに全く責任がないのかと問われれば、容易に肯くこともできない。全てを政治家の責任にしていては有権者であるという権利を放棄したかのように思える。たった一人の個人にできることは微々たるものであるかもしれない。だけれども、様々な人と意見し合い、人の意見に肯き、あるいは疑問を持ち、また自分の意見を放つだけでも、小さな波ができるかもしれない。何よりも自分の考えを持つということが大切である。

私は、防衛費の増額に反対である。何に使うのだろうか。迎撃ミサイルでも買うのか。あるいは、戦闘機や戦艦を作ったり買ったりするのか。その先に平和があるようには、どうしても思えない。

ウクライナを思い出す。18歳から60歳までの男性は出国禁止になった。有事になれば個人に選択権はなくなる。

もし、有事になったらあなたはどうしますか?
戦う、後方支援する、逃げる、わからない。

この問いかけは愚問であると聞いた。なんとなれば、有事において個人に選択する自由はなくなるからである。戦うしか選択肢がなくなる。気がつけば防弾チョッキを着せられヘルメットを被せられ銃を持たされて前線にいるかもしれない。一方で日本には徴兵制度がない。軍事訓練をまったくしていない。戦い方を知らない。戦うこともできない。ウクライナでは以前より徴兵制度があったそうだ。繰り返すが有事になれば選択肢はない。選ぶなら今だ。

ちなみに、自衛隊は日本の18歳から21歳の人口をきっちりと把握している。有事の時には極めて重要な情報になるのだろう。

アメリカの大統領選でも、若い無党派層の有権者が鍵を握ると聞いたことがある。日本でも若い人には無党派が多いかと思う。100兆円を超える国家予算を何に使うのか。決めるのは政治家であり、その政治家を選ぶのが有権者である。

白紙委任しますか?


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