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掌編小説『放病記』3-3

「恐れ入ります。私は波久礼文古と申しますが、お話し頂いている先様のお名前を頂戴できますか?」
「私は〇〇病院経営企画管理室の武田でございます」
「お電話で恐縮ですが、苦情のお話になってしまうのですが…」
「えぇ…、はい、どうされましたか?」
歳の頃なら四十がらみか。どうやらキッチリとした話が出来そうな担当者であると合点をみたのか、波久礼は時系列に則り、苦情の詳細を口にし始めた。

「八月某日の未明、救急でそちらの病院に搬送され、丁寧な処置を受けそのまま入院することになりまして……、お陰様で救急のお医者様からも看護師さんからも丁寧な処置を頂け、急性膵炎かと思われますが、十日から二週間程度で退院できるでしょうとの言葉を頂戴し、安心させて頂いておりました。その後、担当医に個室の確保もお願いしておいたのですが……」
 波久礼は要点のみに話を終わらすことなく入院の経緯に及んだ説明からはじめた。
 波久礼の持つ考え方として、一定の期間をおいてクレームを入れる場合【クレームは入れる方も受け取る方も立ち位置を明確にする必要があり、感情論にすることは事の本質を伝える上で互いにとってプラスにならず、ガス抜きで終わらせないことが肝要である】という考えかたをもっていた。

 経営企画管理室の武田は、波久礼の申し出に真摯に対応をみせていた。
「早速、個室が取れたとのお話を頂戴し、部屋を移らせて頂いたのですが、実はそこでとんでも無いことがありまして」
「えぇ…」武田の声に緊張が滲む。
「看護師さんの案内で個室に移ったのですが、私の個室に前の患者さんの凡てのプライバシーが記載された書類が残っていたのです。住所、氏名、生年月日、電話番号。それとご家族、奥様でしょうか、住所、氏名、生年月日、電話番号等々。これはどうなのでしょうか。当たり前のことなのでしょうか?」
 波久礼は感情的になり過ぎぬよう要点を話し始めた。
「えぇー! それは何処にあったのでしょうか」
「部屋に据え付けられている棚の上です」
「あの、テレビの据え付けられている棚ですか?」
「そうですね。武田さん、そちらの病院では個人情報についてのどの様な認識をお持ちなのでしょうか?  私の考えでは、救命と患者の個人情報は同等であるという認識なのですが」波久礼は言葉をつづけた。
「今のような時代、万が一、私が写真でも撮っていたら大事になりますよ」
「いや、仰る通りです。個人情報の扱い方は当院においても徹底して指導していることであり、重く扱っているのですが……」
「武田さんのポジションではその重さはよくお判りでしょう。その後、私の部屋担当の看護師が戻ってきた際に、私は怒りました。君らはバカか? 次の患者が入ることが決まっており、部屋を作り上げてから患者を呼ぶのがセオリーだろう。個人情報が載った書類が部屋に残っている状況を、部屋が出来たとするのか? バッカじゃねぇの、余りにもぬる過ぎる。余りにもずさん過ぎる。私はそう告げました」
「いや、それは仰る通りです。大変申し訳ありません」
「正直申し上げて、個人情報について、今時あのような扱い方をする病院を私は知らないし、安心して入院できる環境だとは思えなのです。
武田さん。話はこれで終わりません。その日の夕方。私が売店にお茶を買いに行き、病室に戻ってしばらくすると、四十代後半から五十代前半の看護師が私の部屋を訪れ、こう云うのです。波久礼さん、点滴のコンセントを抜いたら入れておかないとバッテリーが無くなったら点滴が止るでしょと。確かに私はコンセントを入れ忘れしました。しかし、それと気が付いたら看護師さんが入れてくれても良いでしょう。患者への注意を促すのであれば、コンセントを入れながら促すこともできるでしょう。看護師は、自分で抜いたら自分で入れろとばかりに、突っ立ったまま手を動かすことはせず、終始口だけ動かしてました。申し訳ありませんが私には仕返し、昼間の仇を打ちに来たとしか思えませんでした。お金を払って有料の部屋に入り、個人情報は駄々洩れ、それを咎めりゃ仕返しされる。これは当たり前のことでしょうか」
「いえ…… 波久礼さんのお話を聞いている上では、問題は当方にありますね……申し訳ありません。早速婦長や担当者から話を聞き確認を……」
「武田さん。まだ先があるのです。些か腹に据えかねた私は、担当医と婦長を呼んでくれるよう看護師に告げました。数時間後、担当医が私の元を訪ねてくれた際に、私は退院を申し出ました。先生には申し訳ないが、この様な病棟には一日たりとも安心していることが出来ない。腹はまだ痛い。しかしね、私はね、こんなところ処で尊厳の安売りするぐらいなら死んでもいいんだわ、さぁ、準備してくれ。退院するから。心配しなくて良い。自己責任で退院するのだから。私はそう云いましたよ先生に。まだ今時点においても腹は痛いですよ」
「そうでしたか…… これは…こちらでしっかり調査してからご回答させて頂かなければなりませんね」
 話を最後まで聞いた武田は波久礼にそう告げた。
 
当時、担当の医師から、退院を翌日にしてほしいと告げられた波久礼は、それ以上ゴネルことなく、担当医の意を汲み翌日を退院と決め、結局、当初予定の入院期間の三分の一という期間をもって自ら強制退院したのであった。

※本稿は小説である。したがい、虚構か真実かに拘りながら読む御仁には向かない話しである。
一つ云えることは、わたしの腹は未だに痛く、痛み止めの服用を続けている。まぁ、こういう一筋縄でゆかない癖を抱えていると苦労もするのである。なお、どこぞで関連したネタが飛び交っていたとしたら、完全に、病院スタッフからの情報漏洩であろうなぁ。
 ここは放病記という"小説"である。

皆様よりのご心配。この場をかりまして慎んでお詫び申し上げ、重ねて厚く御礼申し上げます。 世一
こんな病院あったら怖いよねぇ。。。

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