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[短編]【郷愁への恋文】

 ゴロウ@読書垢


本を読み終えた私は、次に読む本を探した。仕事で不在の為、父の本棚からヘッセの『郷愁』を取り出す。書斎に戻り、椅子に腰掛け本を読もうと、ページをめくった。すると、アネモネの絵が描かれた、一枚のミニカードが床に落ちた。手にとって読んでみると、父が片想いしていた人に宛てた恋文のようだった。

仕事一筋である寡黙で勤勉な父からは想像できない、恋慕の情のこもった瑞々しい、純粋な文体だった。短い文面ではあるものの、そこから彼女の容姿、内面などがよく窺えた。読み進めていく内に、私は手紙だからこそ、伝えられない思いを伝えることができるものなんだということに気付かされた。

2、3日経ったある日のこと、『郷愁』を読み終えてからは、私はカードをページに挟み、本も元のところへ戻した。本を読みながら父は不意に、「どうだった?『郷愁』は面白かったか?」と言った。私は「どっちも良かったよ」と返答する。父は、「どっちも?」と首を傾げていた。私は苦笑い浮かべごまかし、また読み返そうと決めた。<了>

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