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結婚相手に何を求めるか

「それで、あなたのだんなさんはいま何をしておられるの」


と、祖母は品良くかつ他人行儀に、そしてたいそう物憂げに私に尋ねた。寝巻きの祖母は椅子に座っている。座っているというよりは机と椅子の間に挟まって、なんとかずり落ちないでいるように見える。90代も半ばにさしかかった彼女は、もはや孫のことはほとんどわからない。私の年の頃合いからして、結婚しているだろうと思ったのだろう。同居している娘のことだって時々あやしくなるぐらいだから、仕方のないことだ。10年前、元気な頃は携帯でメールをやりとりしていたが、今やそんなことはもう全く別世界の話のようだった。

祖母は長崎で名のある家の生まれだそうで、大変に上品な人だ。戦前に父(私の曽祖父)を亡くし苦労したこともあったようだが、編集者の祖父と力を合わせて三人の子供を育て上げた。かつては美人で、子供達は母が授業参観に来ると鼻が高かったというが、薬の副作用で顔はむくんで別人のようだ。長崎で通った女学校のこと、父の仕事の都合で暮らしていた釜山のことなど、よく話して聞かせてくれたものだが、今やそんな元気もない。「寝かせて頂戴」「もうベッドに行きたい」、5分ぐらい起こしているとすぐそういって寝室に戻ってしまう。にこにことどこまでも優しかった祖母の、そんな姿を見るのはなかなかつらいものだった。ちなみに祖父は20年以上前に急な病で他界し、それから祖母は調子を崩しやすくなった。10年ほど前に血液の病を得、それからはだんだんと弱り、ほとんど日中を寝て過ごしている。


「おばあちゃん、あたしまだ結婚してないんだよねえ。誰かいい人いたら紹介してくれないかなあ」


と私は祖母に言ってみた。一緒のテーブルに座っていた叔母(祖母の娘)が、私も独身だからなあ、と苦笑いする。


「そんなもの自分で見つけなさいよ。あなたのだんなさんでしょう」


と祖母はだるそうに、突き放すような言い方で返事をした。昔だったらこんな風には言わなかっただろう。短気になるのは認知症の傾向のひとつだ。いささか寂しい気持ちで、仕方がないよなと思いながら、でも会話を続けたい私はもうひとつ質問をしてみる。


「じゃあ、旦那さんにするにはどんな人がいいかな?どういう要素がだいじ?」


というと、祖母は間髪入れず、おおきなはっきりした声で


「インテリジェンス!!」


とひとことだけ、言い放ったのだった。急に英語が出てきたのにもびっくりしたし、躊躇ない言い方だったのにも驚いた。まるで回答が彼女のなかにしっかりと存在していて、さっと取り出した、と言わんばかりの速度だった。


私と叔母は祖母の答え方に面食らい、同時に、インテリジェンスかあ〜!と感激した。さすがおばあちゃんだね!おじいちゃんはインテリジェンスがあったってことだよね!編集者だったからな〜、でも、インテリジェンスってどういうことかな?などと話を続けたが、祖母には詳細を説明する気力はないようだった。5分もしないうちに、ねえ疲れたからベッドへ連れていって頂戴、が始まり、祖母はまた眠りの世界に戻った。


それから1年以上が経ち、先月祖母は他界した。老衰といって良い亡くなり方だった。私はまだ結婚していない。今でもときどき、インテリジェンスについてぼんやりと考える。問いが形見になった。










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