Y先生のいた町

幼い頃、お医者さんと言えば近所のY先生。こじんまりとした医院で、看護師は先生の奥様だった。私はよく風邪をひいては母の自転車の後ろに乗せられて連れて行かれた。ぼんやりと熱っぽい頭で嗅いだ診察の消毒薬の匂いをよく覚えている。外の冷たい空気を遮断した部屋の中は暖かく、診察室に入ると、手入れされたお庭の松の木が冬の青い空に映えているのが見えた。年を取った先生のやわらかい指がお腹をそっと押さえ、ひんやりとした聴診器が胸の音を吸い取っていく。大きくなったねえ、何年生になったのかな。扁桃腺が腫れているのでお薬を出しておきますね。母はほっとしてありがとうございますとお礼をいい、私もなんとなく安心したような、浮かれたような気持ちになる。小さなスーパーに寄って何か食べれそうなものを買ってもらって家に帰ろう、ぐっすり眠って起きたら熱が少し下がっているだろう。


Y先生はもうずいぶん前に亡くなってしまった。私が最後に診てもらったのは高校一年生のときだったから、20年以上前になる。大人も子供も、みんなを静かに励ましてくれた優しい先生がいないあの町で、今は誰がY先生の役目をしているのだろう。

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