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ずっと苦しいわけじゃないから

久しぶりに文章を書きたいと思った。

自分では元気だと思っていたけれど、やはり少し無理をしていたようだ。

創作意欲って、わたしの場合メンタルがマイナスの時かプラスオーバーの時じゃないと湧いてこない。
マイナスの時は何かを取り戻すように、プラスオーバーの時は何かを放出するように書いている。

今はたぶんプラスオーバー。
マイナスまで落ちない低空飛行をずっと続けていて、最近やっとプラスオーバーのところまで浮上できるようになった。ふぅ、よかった。
もしかして浮上の仕方を忘れてしまったのではないかと、若干ビビっていたので安心した。

落ちるところまで落ちた時、良く目に止まった言葉がある。

「今は辛いと感じる経験も、いつか必ずあなたを助ける糧になる」

その言葉を読んで、当時わたしはこう思ってた。


“いつか”っていつだよ。
助けるってんなら“今”助けてくれよ。
こんな経験、何に役立つって言うんだ。


実際、今振り返ってもあの経験がその後何かの役に立ったかと聞かれたら、答えはノーだ。
あんな経験、しないで済むなら最初から避けて通るのが一番いいに決まってる。
けれど、そんな中でも強いて糧になった部分を挙げるとするなら、それはその経験の“その後”の部分だろう。


あれだけ打ちひしがれて、追い込まれても、人間って、ここまで回復できるもんなんだなって。
その事実を知れたことは、わたしにとってとても大きな収穫だった。
案外、人間という生き物は強かに設計されている。


だから、もし壁にぶち当たってもあんまり考え込まなくていい。「時間」が解決する時もある。今辛くても、そのうちなんとかなる。辛い時は視野が狭くなって、暗い部分しか見えなくなってしまうけれど、それがずっと続くわけじゃない。自分が頭を抱えていた問題は、他の誰かの課題だったりもする。


辛いと感じている時こそ、肩の力を抜いていくこと。

「あ〜、そういうターンね、ハイハイ。」ってあたかも他人事みたいに、自分の感情や問題を客観的に捉えれば、真正面から受け止めるよりだいぶ楽になる。
そうやって、目の端くらいでそれらを捉えておいて、残りのスペースは好きなものや大切なもので埋め尽くしてあげるくらいが丁度いい。

それに気付けたから、良しとする。

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