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自分の使命感をぶち壊されてほっとした話

あなたの母方のおじいさんは長野の生まれで、近くには梓川というとても綺麗な川が流れています。そして、あなたの父方のひいおじいさんは神主をしていました。神道では、邪気を祓い清める梓弓という弓があります。

やや茶色っぽくなったピンクの布張りの表紙。

「あずさちゃんのあゆみ」

色とりどりの風船をもった女の子がアップリケされている、「ザ・昭和!」な私の赤ちゃん時代のアルバムだ。
このアルバムの[名前の由来]欄に父の字で丁寧に書かれているのが最初に紹介した私の名前の由来である。

これを初めて読んだのは小学校低学年だったと思う。

この名前の由来には、清い心をもって...といった娘の将来への希望や、梓弓の説明にしても、もう少し専門的な話があったような気もするのだが、さっぱり覚えていない。

自分の名前は父方と母方のルーツを持つ、つけられるべくして付けられた名前。

そんな風に思い、幼い私は両家に対する責任感をずしん、と感じた。

というのも、私は妹との二人姉妹で、私の幼い頃から、父の実家も母の実家も跡継ぎのなり手が難しい状況だった。

大人になったら、どこかで責任を取らなくてはならない、それがこの家の長女としてやらなくてはならないことだろうと、勝手に使命感に駆られていたのだ。

その謎の正義感は、中学時代に部活で同じく梓という名前の先輩から、「わたなべさんも、梓川から梓?」と聞かれて、

「あ、そうなんですが、梓弓の意味もあって……」

と、どう考えても蛇足な説明を加え、場をしらけさせる始末だった。

そんな私も、時は過ぎ、結婚することになった。

何となく女性である自分の方が改姓しなくてはならないのだろうと、流れで改姓してしまったのだがその後やや後悔した。

うちに残されたのは妹一人。どうにかするとは言ったものの、やはり改姓は「両親の家のけじめをつける使命」を負ったはずの自分には無責任ではなかったか。妹も、私同様、両親の実家の面倒を見なければならないのではないかという責任感を感じており、私が大学を卒業してしばらくした頃に家族で食事に行った際、そんな話になり妹が泣き出すということもあった。

妹の涙を思い出すたび、なんか、申し訳なかったかな……という感情が湧き上がってきた。

もんもんと数年を過ごしていたのだが、その考えが大きく変わったのは息子を身ごもり、夫と実家の両親、妹とともに長野・上高地に旅行した時だった。

長野へは、小学校3年くらいに今は亡き私の祖母が行きたいというので家族総出で行って以来で、上高地へはほとんど初めて行った。上高地は梓川流域で散策のできる避暑地として有名だが、私は梓川をこれまでの人生でほとんど体験していなかった。言ってみれば「初梓川」である。

当時、ちょうど私のお腹の中の子の性別が判明したころで、息子の名前をああでもないこうでもないと夫と考えていた私は、自分の名前の由来でもある梓川を見て、息をのんだ。

何千もの水晶がとめどなく流れているような透明度の高い川。

日光と木々の緑が川面に反射し、きらきらとまぶしかった。

完全に、名前負けしている……

自分に「梓」という名前がついていることが恥ずかしくなるレベルの川のきれいさ……勝てるとは到底思っていなかったものの、完敗だ。

そんな梓川を見ていると、本当に両親は私に自分が感じている使命感を負わせたいと思って「梓」と命名したんだろうかと感じるようになった。

私がお腹の息子にいい人生を送ってほしいと願い、良いなと思った名前を付けたいと思ったのと同じく、両親も自分たちのはじめての娘に、いい人生を送ってほしいと思い名付けたのではないか。

いい人生を送ってほしいと簡単に言うものの、「いい人生」の定義は難しい。でも、自分たちのルーツを感じられる、縁深い漢字を名前に付けることで、娘の人生を守ってくれるかもしれない。

両親に聞いてないので、完全に私の個人的な妄想だが、こんな風に両親が思ったとしてもおかしくない。

(ちなみに私たち夫婦は、「いい人生」を子供たちに送ってもらうため読みやすい名前で、おじいちゃんになっても違和感がなく、字画や音の響き、当てる漢字の意味を総合的に判断し名前を決めた。)

そう感じられてから、妙な肩の力は抜けた気がする。

私の使命感がなくなったわけではないが、肩の力が抜けたことで両親の話に耳を傾けられるようになった気がする。

母親は私の使命感を感じ取っているのか、法事やお盆などでの家での支度を説明するときは「あなたたちの時は、できる範囲で良いから」と必ず言っている。

イエ、跡取り、相続……そんな古臭いものという気持ちもどこかにはある。だが、この名前をもらった以上、自分のできることを、できる範囲でやっていく。イエを残したいというより、自分のルーツに感謝して生きていきたい。今はそんな風に思っている。

#名前の由来

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