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ちょいワルオヤジとの思い出

春。それは生命の息吹さんざめく季節。
またの名を繁殖期という。

下半身を露出したり、夜道で追いかけてみたり、声をかけてみたり、行き場のない本能に逆らえない人が大量発生する。

そして、そういう輩は決まって「歳若い対象」を標的にすることが多い。

今回は、うら若き乙女だったわたしに起こった春の事件を記録しておく。


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当時わたしは本当に若かった。
まだ二十歳にもなっていなかった。

ど田舎から田舎の学校へ電車通学していたので、1時間時間を潰すことも珍しいことではなかった。


その日も例に漏れず発車までの時間が有り余っていた。
改札付近のミスドを覗いていたわたしは、いきなり声をかけられた。

「Can you help me?」

紛れもなくアジア人なのに、そこそこ流暢な英語で話しかけてきたのは、見ず知らずの初老の男性だった。
アジア系の旅行客だろうか。
人を疑う心さえ持ち合わせていなかったわたしは、快く返答してしまった。

この時すでに策にハマっているとは知らずに。


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最初はまるで英語の教科書のような会話だった。

正直内容は覚えていないが、「この辺りのこと教えて?」とかその程度のものだ。

しかし、なぜか質問が終わらない。
しかも、なせが駅の外へと歩き始めた。

さすがのわたしも違和感を感じ始めてはいたが、若いわたしは「相手を無下に振り払う」とか「きっぱり断る」とかいうことができなかった。
今思うに、初めから「そういう子」に狙いを定めていたのだろう。

そんなに相手をしていたら、当然時間は予定よりも潰れた。
(せめて次の電車には乗りたい…)
内心そうは思っても、「電車の時間が」と言うと「せっかくだものもう少しいいじゃない」と引き留められる。

とうとう、「少し歩こう!」と言って駅の外に連れ出されてしまった。

ちなみに、この時点で会話は日本語である。
男性はれっきとした日本人だった。


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男性は、関東圏から遊びに来たのだと言った。

旅行客という目算は間違いではなかった。
目的が女漁りだっただけだ。

どんどん話しながら暗い夜道へと進んでいく。
駅はもう見えない。

人目が減った頃、「手をつなごう!」といってわたしの手を取った。
「い、いやあ…笑」
この時点でもまだこの対応である。

男性の目の付け所は実にシャープであった。
当時のわたしは、男性経験どころか異性と手をつないだ機会は運動会のダンス種目だけですの、という有り様だった。
しかもつい先日まで男子禁制の花の園にいたのである。

鴨がネギを背負って土鍋とコンロを携えていたようなものだ。

悔しいが、未だにあの手口の鮮やかさに感嘆せざるを得ない。


話を戻す。

男性はわたしの手を取り「綺麗な手だねえ。まるでピアニストみたいだあ。」と言った。
正直聞き慣れた言葉だった。
わたしの手の美しさは不変の真理である。
しかし、あれほどまでに恐怖させ嫌悪させた「手が綺麗」は未だに更新されずにいる。


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手をつなぎ歩き続けると、状況を打開するまたとないチャンスが訪れた。
仕事帰りの会社員たちとすれ違ったのだ。
(お願い!気づいて!助けて!)

彼らは私たちに視線すらくれなかった。

非常に悲しいことだが、風俗街までバスで10分もかからない駅で出会ってしまったのだ。
なんなら歩いていける。
援助交際をしている女の子がいたところで何もおかしくないのだ。


もうこの辺りで、自分がこれからどんな目にあうのか予想はついていた。

貞操を奪われる。
なんならすでに男性から「ちょいワルオヤジと殻を破ろうぜ」と言われていた。

上述したとおり、わたしは花の園で過ごした期間がある。
異性のいない環境というのは、性知識への関心を遮るものがない。
完全におニャン子クラブの『セーラー服をぬがさないで』である。


ちょいワルオヤジと殻を破る=おっさんに処女を奪われる


十分に理解していた。
いつか白馬に乗って迎えに来てくれる王子様のために純潔をつらぬいたのに…と悔しくて仕方がなかった。


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しかし、ここから事態は急展開を迎える。


男性、もといちょいワルオヤジの宿はおそらく大通りから一本入ったところにあったのだろう。

今までふらふらしていた足取りが、突然明らかな目標に向かい始めた。

(終わったな…)

そう思ったわたしが顔を上げると、目の前に改装中の警察署があった。
幕で全く外観が分からなくなっていた。

このちょいワルオヤジ、本当によそ者か手練れかのどちらかであったらしい。

ここしかない。

考えるのと同時に車道に飛び出していた。
車は来ていたがそんなこと問題ではなかった。


後ろから「帰るの?バ~イ!」という声が聞こえた。
今のわたしならボコボコに殴り倒している。


ちょうど退勤する私服警官たちが出てきたところだった。
血相を変えて車道の向こう側から走ってきたわたしに「どうしたの?今、男の人とあるいてたよね?」と優しく声をかけてくれた。
そこからは号泣し、指で「あいつが~」と指し示すことしかできなかった。


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「それ常習犯だね」

事情聴取後に警官に言われた言葉だった。
キャップ、メガネ、マスク…完全装備だという。

立件は難しいと言われ、パトロールだけで十分だと言って帰った。

正直ちょいワルオヤジなんかに破瓜されなかっただけで御の字である。

それ以上望むものなど、もうなかった。


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あれ以来わたしは、声をかけてきた男性は無下にあしらい、ニタニタ笑いながら立ちふさがる男性には睨みをきかせ追い払えるようになった。

屈辱だがちょいワルオヤジの恩恵だ。

しかし、次会ったときは容赦はしない。

一緒に手をつないで警察署に行きましょうね。


おしまい。

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