はやゆでカルボキシ基

名前に特に由来はありません。

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最近の記事

死を希むこと

※今回の記事は自死を扱います。 望まない方は読まないでください。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 皆さんご存知だろうか。 わたしのマガジンには「闘病」を扱うものがあること。 主に書きたかったのは、もう長らく闘っているうつ病のことだ。 ずっと書きたいと思いながら書けなかった。 両親への負い目か、はたまた自分でも精神疾患を見下げているからか。 でも書くことは治療にもいいらしい。 そろそろ書いてみようと思う。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー わたしが心療内科を予

    • かえでがくれたもの

      この記事は、こちらの記事の後日談です。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー かえでが亡くなった。 暑さが増してきた初夏、曇り空に美しく飛び去った。 私が夜勤の仕事から帰ってきたときは、まだいのちがあった。 数時間後、もうかえではこの世にいなかった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 正直、かえでの命がもう永くないことは察していた。 春の換羽がひどく、かえでの宝石のように赤いくちばしは、散り際の桜色になっていた。 病院にも連れて行ったが、肺機能が低下して神経症

      • 腸炎との闘いの記録

        こちらの記事は「はじめての虫垂炎」の後日談です。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 結論から申し上げる。 わたしは虫垂炎ではなかった。 一応病院で言われた病名は「回腸末端炎」。 それが判明するまでの一年がかりの記録である。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 2月に起きた最初の腸炎。 結局は抗生物質による、いわゆる「散らし」を行った。 昔は虫垂炎というと、すぐに手術をしていたようだが、近年では再発しない限りは散らして経過観察することが多いらしい。 無事、一週間

        • はじめての虫垂炎

          虫垂炎。 なかなかメジャーな病気だが、ならなければならないものだ。 わたしも30年近く生きてきて、もうならないだろうとたかをくくっていた。 人生とは予測のつかないものである。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 先に述べなければいけないのが、わたしはまだ「虫垂炎の疑い」であり、投薬による治療の途中であるということ。 あと2日ほどたたかって、その結果次第でこの先の治療方針が決まる段階である。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 始めに異変を感じたのは、爆弾低気圧

        マガジン

        • 闘病記
          4本
        • 鳥のはなし
          3本
        • わたしのはなし
          5本
        • 田舎のはなし
          5本
        • 父のはなし
          2本
        • 母のはなし
          1本

        記事

          今回の選挙

          久々の投稿。 なぜなら選挙があったから。 選挙と言えばわたし。 書かずにはいられない。 わたしと選挙の因縁はこちらから↓ ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 今回の選挙、結果について何か言うなら、悔しいの一言だ。 あのパンデミックを越えた先に、どんな新しい政治が待っているか、楽しみで仕方なかった。 結果、自民の過半数超え。 わたしの意思はなんなのだろう。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー わたしが今政治に求めていることはただひとつ。 誰

          かえでの近況

          ※本文は上記の記事の後日談です。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー かえでとの生活も、無事一年が経った。 まともな生活もできないわたしに、かえではずっと様々な経験をさせてくれた。 本当にありがたい。 そしてつい先日、 飛べないはずのかえでが翔んだ。5センチ。これがどのくらいの快挙なのかご説明させていただきたい。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー まず、我が家に来てすぐかえでが翼でできたことは、ほとんどなかった。 「スサー」と呼ばれる動作がある。 寝起

          『逢うべき糸に 出逢えることを 人は 仕合わせと呼びます』

          中島みゆきの『糸』。 結婚式で定番の、運命の出会いを歌った名曲だ。 あなたは今まで、まさに『仕合わせ』と言うべき出会いをしたことがあるだろうか。今回はわたしと一羽の小鳥の出会いについてお話ししたい。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー わたしは7つの時に文鳥を飼い始めた。 母の影響だ。 母も幼い頃、親戚のおばさんから譲り受けて以来、ほぼ数十年飼い続けてきた。 一度その豊かな喜怒哀楽、容貌の美しさ、愛らしさ、触れてしまったら戻れないのだ。 そしてわたしも知らず知らず

          『逢うべき糸に 出逢えることを 人は 仕合わせと呼びます』

          責任感の権化、母。

          わたしの母は昔気質な責任感から解放されないまま、その生涯を送ってきた。正直、娘から見ても母は見えないものにがんじがらめだ。 そしてその自覚がない。 今回は母の責任感がどのくらい強いのか書いていく。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー まず特筆すべきことがある。 母は書道の準師範だ。 その流派では上から二番目の位を持っている。我が母ながらとてつもない達筆で、署名などを求められ応じると、その跡を見て二度見する人がいるほどだ。 そこまでの技量を身に付けるには途方もない年

          責任感の権化、母。

          あおり運転の思い出

          あおり運転。 昨今ニュースにも取り上げられるようになったマナーの悪い運転のことである。 しかしわたしにとって、あおり運転は日常の一部でしかなかった。 今さらニュースになったところでさして興味も持てなかったほどである。 以前の記事にも何度か書いているが、わたしの故郷は治安が悪い。 品の良さそうな老夫婦が、時速80kmのまっさらなクラウンで追いかけてくるのだ。 そんなわたしにも忘れられないあおり運転がひとつだけある。 今回はそれをご紹介したいと思う。 ーーーーーーーーー

          あおり運転の思い出

          「やくざのお父さん」②

          前回、わたしの父の異端さについて記事を書いた。 今回は、その究極形「やくざのお父さん」に登り詰めたエピソードをご紹介する。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー それは妹も中学生になってからのことだった。 妹は運動部に所属していた。 今でも社会人の同好会に所属しているので、スポーツそのものは好きらしい。 運動部で厄介のなのは、やたら面倒な上下関係だろうか。 その上、同級生の半数はヤンキー及びギャルになる地域である。 変なプライドうんぬんどころか、単

          「やくざのお父さん」②

          「やくざのお父さん」①

          まず断っておくが、わたしの父は決してやくざではない。ではなぜこのようなタイトルになったのか。 今回はその経緯を書いていきたいと思う。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー わたしの父は、おそらくADHDとかそういった傾向がある。人の話を遮ってまで話し、感情の起伏が激しく、落ち着きがなく、歩くのが速く、動作が大きい。 これはおそらく祖父から遺伝してきたものだ。 祖父は本家嫡男として育てられたため、これに加えて横暴さや無神経さ、そういった傾向が強かったと聞いている。 父は

          「やくざのお父さん」①

          わたしと選挙②

          前回、わたしと選挙の長きにわたる因縁の序章を書いた。 今回は、実質的な本編である「選挙権を得てから」編である。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー わたしが選挙権を得た年、くしくも衆議院選挙が行われた。 「選挙日だー!明日はいろんな人に投票できるのよね。当選する人にも…投票できるかも!?」当時のわたしは、某D社のプリンセスと同じくらい心を踊らせていた。 世間で騒がれる「若者の選挙離れ」には目もくれず、並々ならぬ自立心と一社会人としての責任感に溢れてい

          わたしと選挙①

          突然だが『ディラン&キャサリン』というキャラクターユニットを覚えているだろうか。なだぎ武扮するディランと友近扮するキャサリンがアメリカンなコントをするユニットだ。 このユニットによく登場するネタがあった。 『アメリカ最高♪土地が広い~♪選挙のときは~♪死ぬほど盛り上がる♪』と、キャサリンが高らかに歌い上げるのだ。 わたしはこのネタを見たとき、衝撃を受けた。 土地が広くて選挙のときに死ぬほど盛り上がるのは田舎だけじゃなかったのか!!! 田舎には娯楽がない。 春になれば

          村八分

          村八分。 この世に何人経験者がいるのだろう。若者たちやシティピーポーのために、念のため説明をしておく。 村八分(むらはちぶ)とは、村落(村社会)の中で、掟や秩序を破った者に対して課される制裁行為であり、一定の地域に居住する住民が結束して交際を絶つこと(共同絶交)である。転じて、地域社会から特定の住民を排斥したり、集団の中で特定のメンバーを排斥(いじめ)したりする行為を指して用いられる。(Wikipedia参照) ど田舎の悪しき慣習で起こる排斥行為と捉えていただければよいか

          I was born

          吉野弘氏のこの散文詩を、中学生の頃、目にした方も多いのではないだろうか。 英文法を覚え始めた少年が、偶然見かけた妊婦さんから着想し「人は産まれさせられてくるから受動態なんだ!」と父に話す。 父は昔観察したカゲロウの話をする。 退化した消化器官に迫るほどの卵が詰まった腹を見て、生き死にの切なさを感じたこと。 そしてその直後、息子を産んだ妻が亡くなった、と。 習った当時は「気持ち悪い息子だな」としかおもいませんでしたが、年齢を重ねると理解が深まりますね。 ま、今回はそんなし

          ちょいワルオヤジとの思い出

          春。それは生命の息吹さんざめく季節。 またの名を繁殖期という。下半身を露出したり、夜道で追いかけてみたり、声をかけてみたり、行き場のない本能に逆らえない人が大量発生する。 そして、そういう輩は決まって「歳若い対象」を標的にすることが多い。 今回は、うら若き乙女だったわたしに起こった春の事件を記録しておく。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 当時わたしは本当に若かった。 まだ二十歳にもなっていなかった。 ど田舎から田舎の学校へ電車通学していたので、1時間時間を潰

          ちょいワルオヤジとの思い出