『め印』ⅲ
ⅲ「あそこ」
○ タイトル?
黒バック中央に進入禁止の標識
中のマークがもぞもぞ動きはじめ、
「あそこ」という標題に変わる
・
○ 寝室
ベッドですやすやと寝ている女。
○ 薄明に浮かぶ標識
おぼろげに映る標識らしき影。
見上げていくとそれは進入禁止のマーク。
唐突に揺れる画面。
○ 寝室
かっと目を見開き、何かを反芻するように中空を見つめ、
思い出したかのごとく上半身を起こす女。
鼻血を拭き、布団をめくって下半身の辺りを眺めまわす。
濡れたシーツと汚れた下着。
身体をずらし、そっと匂いを嗅いでみる。
怪訝な面持ちの女。
思わずベッド脇から殺虫スプレーを取り出し、
手にしたそれに自分で驚く。
女のモノローグ 「そんなことある?……」
○ 薄明に浮かぶ標識
消えた進入禁止のマークのところに
“あなたの”という文字が現われる。
‥
○ リビング
うつろな眼差しの女。
大きく息をつき、何気に横を向く。
ソファ脇から顔を覗かせるフラフープの一部。
なぜかそれをやってみる女。
表情を変えず体をくねらせつづける。
○ 薄明に浮かぶ標識
近寄っていくとそれは進入禁止のマーク。
突然、大きな急ブレーキの物音。
○ リビング
女はフラフープを落とし、辺りを探るような眼差し。
腰の震えは続いたまま。
女のモノローグ 「止まらない……」
○ 薄明に浮かぶ標識
消えた進入禁止のマークのところに
“人生”という文字が現われる。
…
○ ダイニング
テーブル上のトースター。
傍らにあるジャムやらマーガリンやら牛乳パック。
じりじりとパンが焼かれる気配。
スクランブルエッグの皿を持ってテーブルにつく女。
と、飛び出したパンは真っ黒に焦げた状態。
○ 薄明に浮かぶ標識
ずっとそこにある進入禁止のマーク。
何かが割れる音。
○ ダイニング
再びトレイを持った女が現われる。
それにはソーセージ、胡瓜、トマト、海苔、ふりかけ、豆腐など。
おもむろに食する女。
スクランブルエッグに牛乳やふりかけをぶっかけ、
ソーセージにジャム、胡瓜にマーガリンを塗りたくり、
豆腐に海苔を巻いたりし…。
ふと焦げたパンを見つめ、トマトを挟んでかじってみる。
黙々と頬張る。
女のモノローグ 「あなたにもあるはず……」
○ 薄明に浮かぶ標識
消えた進入禁止のマークのところに
“の物語”という文字が現われる。
○ 道路
住宅街の坂道を歩く女。
ふと立ち止まり、前方を見つめる。
幹線道路へ出る交差点に立つカーブミラー。
(そこに映る無限大の記号)
その下に手向けられた花束。
<終>
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?