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短編「友引」3,599文字

…に、参加しています。
「クリスマス」をテーマに25人で繋げます。
 こちらは、その4番目です。


短編『友引』
3,599文字

大学、講義棟にて

「ね!お願い、頼むよ!」

2限が終わり、いつものように学食へ向かおうと立ち上がった俺を引き留めたのは、隣で講義を受けていた親友のユウだ。

俺の前でパチンと手を合わせ、片目を開けて俺を見ている。

「お前、クリスマスなんてバイトの稼ぎ時だろ。いつも入れすぎなくらいシフト入れてんのに」

「休みもらった」

「めずらしっ」

咄嗟に俺の頭に浮かんだのは、彼女のセイナの顔だった。

ユウの頼みとは、一言でいえば「クリスマスに一緒に遊ぼう」というものだった。

俺はというと、クリスマスの予定をはっきりと決めているわけではなかったが、ぼんやりと今年もセイナと過ごすことになるだろうと考えていたから、この場でユウの頼みに二つ返事で応えることはできなかった。

なんと言っても、今年のクリスマスは土日。イブも当日も休みなのだ。昼間から自由な時間がある。

家で思う存分ダラダラして気が向いたらイルミネーションを見に出掛けるとか、昼からビールを飲みながらゲームするとか、じっくり丸鶏を焼いてみるとか、クリスマスに託つけて色々できる。

きっとセイナも、俺と同じように考えているだろうと思う。だけど、あのバイト戦士ユウが休みを取るほどの誘い。どうしよう。

普通は彼女を優先するでしょ?!と世間の女子たちから石を投げつけられそうだが、なぜ俺が悩んでいるのかといえば、「今年のクリスマスは友引なんだよ!だから、友に引かれよう?な?」というユウの理屈がちょっと面白い、と思ってしまったからだ。何となく悔しい。

「ちょっと、セイナと相談するわ」

俺の言葉にユウはニコリと笑って、ありがとう期待してる、と言った。

大学、カフェにて

その日の夕方、大学のカフェでセイナと合流して軽めの夕飯を食べながら、俺はユウからの話をそのまま相談した。

「はっ、なにそれ!ユウくん、流石だね~」

鼻と口の前に握りこぶしを持ってきて、セイナは笑っている。ショートカットの黒髪がサラリと耳から落ちた。

俺はハンバーガーの包み紙を広げながら、つられて笑った。セイナが続けた。

「“友に引かれよう?”は初めて聞いたけど良いセンスしてんね~」

笑いのおさまったセイナはアイスティーのストローに口をつけた。俺はハンバーガーのソースをポテトですくいながら言った。

「24日は2人で過ごそうよ。調べたら友引って25日のことらしいんだよね。ユウも流石にイブまで強引に友引しないと思うし」

「ふっ、友引って言葉の使い方あってんのかな?」

セイナがまた笑った。

「泊まりがけで遠出かもしれないじゃん?ユウくんとゆっくりしてきなよ」

にやりとしながらセイナが言う。俺は試されているんだろうか。

「…確かに。細かい予定は聞かなかったな。じゃあ別日に、ふたりでクリスマスっぽいことやろうか」

「うん。クリスマスじゃなくても一緒にいられるわけだし、あたしたち」

「ありがとう」

セイナのこういう、潔いというか、あまり拘りがないところが俺には心地好かった。

「…あ、冷凍庫にあったスーパーカップ抹茶味、今日のお風呂上がりに食べていい?」

ダメって言えない。

12月24日(土)

クリスマスはユウとふたり、泊まりがけで登山をすることになった。

登山といっても、ハイキングコースのような歩きやすいルートのある山で、クリスマスに雪道になることはまずないそうだ。ロープウェイが運行しているから、もし登りで体力が尽きても下りはそれでゆっくりできる。

それにしてもまさか、クリスマスに山に登ろうと言い出すなんて。ユウは面白いやつだと思ってはいたが、今回も想像を越えてきた。

セイナにクリスマス登山の話をしたところ、目を輝かせて「私たちもいつかやろうよ」と言っていた。そうだ、セイナはキャンプとか好きだったな。今度一緒に来よう。

俺はというと、少し不安だった。なにせ登山は初めてで、しかもそのデビューが冬の山だったからだ。

しかし、ユウは思いの外、というかむしろ今までに見たことのない周到さで俺の準備をサポートしてくれた。

装備も貸してくれたり、俺が持っているもので代替品になるものを教えてくれたりと、こんなユウは初めてみたので面食らった。

天気は晴れ。昼過ぎに家を出発して、麓に到着した頃には午後の日射しが暖かった。

登り始めてからも、課題が終わらないだの、単位が足りないだの、いつものバカみたいな話をして楽しかった。

喋ったり木を見たりしながら登っていたら、あっという間に六合目あたりだった。

休憩に、とユウがココアを淹れてくれた。慣れた様子でお湯を沸かすのを見て、俺は聞いてみた。

「ユウが山登りでこんなに頼りになるなんてな。けっこう色んな山、行ってんの?」

「うん、そうだな。めっちゃ好きなんだ、山登り」

楽しそうに笑ったユウの顔は、いつもよりも少し大人に見えた。

「すげーな。知らなかったよ」

淹れてもらったココアを飲みながら、なぜかユウの表情が俺のなかに刻まれる感覚がして、不思議に思った。

頂上の山小屋に着くと間もなく日が沈み、冷え込んできた。しかし逆にそれが、夜景の明かりを一層美しく映えさせた。

ユウと俺は、並んで夜景を眺めた。

夜景

「さみぃ~、けどキレ~。なんか分かんないけどプロポーズとか出来そうな雰囲気だな」

「それいいな。一緒に登ってくれる嫁さんかァ最高だなァ」

「まずは彼女だなあ」

何気ない会話をした後で流れた沈黙を、ユウが破った。

「俺、休学する」

「えっ」

俺はびっくりしてユウのほうを見た。

「そうなんだ。いつから?」

「来月から」

「すぐじゃん。休学して何すんの」

「山、登る。世界の」

おぉ、という声が俺の喉からでた。

ユウは、登山家になるのが幼い頃からの夢だったらしい。もともとは大学を卒業してから日本を離れて山に登りながらインストラクター等の働き口を探すつもりでいたが、ちょうどいい学生向けのプログラムがあったらしく、応募して受かったそうだ。

この冬休みが明けて1週間ほど大学に通ったら休学し、準備もかねて実家で過ごしたあと2月には日本を発つのだと、ユウは言った。

「20才になったら行かしてくれるって、親との約束だったんだよね~。バイトして金も貯めたし、いよいよなんだ」

「あ、お前12月30日で20才か」

「覚えててくれたのか~イイやつだな~」

少しの間、俺たちは黙って明るい街を眺めた。

登山家。俺のイメージでは、死と隣り合わせの過酷な職業だった。低酸素の環境に慣れるトレーニングをしたり、切り立った岩山や雪山を命綱をしてよじ登ったりするんだろう。そもそも、登山家というだけでは食べていけないんじゃないか?

色んなことが俺の頭を駆け巡った。

同じようなことは、ユウだって考えたはずだ。それでもこいつは、夢を追いかける決断をして、準備をして、いま実行しようとしていた。

いま、俺の隣で同じ景色を見ているユウが、その目で、その脚で、色んな世界の山々を感じるんだ。六合目でココアを淹れてくれたユウの顔が思い出された。

「…そっか。来月からお前いないのか」

「え、さみしい?」

「うーん、そうな」

ユウがこちらを見た気配がしたけど、俺は夜景から目を離さずに言った。

「いい場所だな、ここ。誘ってくれてありがとな」

「おう。悪かったな、セイナちゃんとの楽しいクリスマスに割って入っちまって」

「今度はセイナと登るよ」

「いいな、それ!セイナちゃん喜びそう」

「…無事で帰ってこいよ」

夜景のせいか、いつもは照れくさくて言えないような言葉が口からでた。なにか込み上げた気がしたがやり過ごし、俺はやっとユウのほうを見た。いつものようにニコリとしていたが、やはり少し大人に見えた。

「よし。ロープウェイで降りて、宿に向かおうぜ。今回なんと天然温泉のお宿を取ってます」

「うわ、最高じゃん。コンビニかどっかでビール買ってっていい?」

「そっか、お前21か」

友に引かれて

年が明け、早くも1ヶ月が経とうとしていた。
ユウは宣言通り休学して実家に帰っていたが、俺たちは度々連絡を取っていた。

夕飯のあと、ソファに寝転んでテレビを見ていると、「荷造り完了」というメッセージと共にバックパックの写真が送られてきた。

「ユウくんから?」

隣で一緒にテレビを見ていたセイナが話しかけてきた。

「そう。荷造り終わったらしい」

写真を見せると、セイナは笑った。

「これ、めちゃくちゃ調べて選んだやつ、付けてくれてんだね」

使い込んだバックパックに、ピカピカのカラビナが付いていた。

「…ちょっとやり過ぎたかな。今さら照れくさくなってきたな」

俺は頭をかいた。

「いいと思うよ。ユウくん、ちゃんと気持ち受け止めてくれてるじゃん」

「たしかに」

嬉しくて少し笑った俺に、セイナも微笑んで言った。

「やっぱりなんか、クリスマス登山してからちょっと変わったよね。より素直になったというか、行動するようになったというか」

「まあ、ユウの影響だな」

スマホを見ると、「明日出発」と届いていた。

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