2024/02/23 今年は炎上しません。みんなが最高でしたね✌

お待たせしました。とうとう漫才新人大賞の日である。
昨年の漫才新人大賞についての日記によってこの日記が一躍有名になってしまった。先に行っておけば、今年は炎上する気はない。ただ、炎上させようと思えばできるだけの気持ちは持っているつもりだ。昨年の失敗点は、誰も読んでいないだろうと、誰の目にも触れられる場所に言葉を置いてしまったことだ。そのため、今年は非常に心苦しいが、有料記事として書くつもりである。

有料記事でお金儲けをするつもりではない。
・無為な炎上を防ぐ
・自身の記憶を残しておく
・購入者がわかるため、外部流出した際にその人を糾弾できる

こういったメリットがある。こんなもんのためにお金を使ったという恥があるため、もはや共犯者になる。まさか流出させることはないだろう。我が心のふるさとであるマセキ芸能社で、ガクヅケの木田さんが利尻島での住み込みバイトで起こった恐怖体験を有料の記事にして、お笑いライブ界隈で大きなムーブメントを起こした。
かなりの数の購入者がいらしたらしいが、結局内容が流出することはなかった。お笑い芸人間では購入済みの記事のスクショが流出していた時期もあったようだ。しかしそれも「販売しているものを無料で見るのは良くない」という当然の意見が優勢となり、自然に消滅したようだ。
お笑いの世界は本当にフェアな環境であるから、悪いことは悪いで自浄作用が働く。ということで、このあとの有料部分を読んでいる皆さんも外部流出はしないものと思いたい。


それでは日記に入る。今日は9:30に起きた。できることならジムにトレーニングをしてから向かいたいと思っていたが、微妙な時間に起きたためやめることにした。

風呂に入ったり、白湯を飲んだりと支度をする。風呂はいつ入っても気持ちが良いもんだ。できることなら一日中風呂に入っていたい。残念ながら我が家の風呂には追い炊き機能がないためそれは叶わない。仮に追い炊きできても、経済的な理由から難しいだろう。

12時ころに家を出る。会場である日暮里サニーホールは電車で行くよりも歩いたほうが早いくらい家から近い。そのため歩いて行く。
普段はラジオを常に聞いている私であるが、こういった割と気合の入っている日は音楽を聞きながら向かうことが多い。今日はオザケン、EPO、大滝詠一といったおしゃれミュージックを聞きながら向かった。我が住まいは東京の中でもダウナーな町であるが、こういったおしゃれミュージックを聞いていると、趣があるような気がしてくるから不思議なもんである。

12:30から日暮里のカラオケ店でネタ合わせをする。お笑いをやっている人はカラオケルームに入ることが多いと思う。大声で練習しても怒られない。
近くの部屋からは楽器を練習する音も聞こえる。これも理解できる。楽器練習用の防音室は一時間借りるにも数千円かかることもある。カラオケは非常に安く練習ができる。
ただ理解できないのは、休日とはいえ朝からカラオケをしている若者たちである。もっと楽しい娯楽はたくさんあると思う。

ただ、今日の私は炎上しないマンである。変な意見はやめておこう。
みんな違ってみんないいね!叩くより称えあおう!私はACである。

14時前に会場に入る。チケットうんぬんの精算を済ませて楽屋へ入る。漫才協会の若手がたくさんいらっしゃる。かんでぃ中野さんはお手伝いでもなんでもなくただ来ていた。このじいさんはホントに変な人である。当初は変すぎて、怪訝な顔をする人もいたが、ここまで変だとみんなが徐々に愛するモードに入っている気がする。
かんでぃの粘り勝ちである。この方は本当にすごいと思う。お笑いの歴が云々の前に、人として尊敬できる。自分の道は自分で切り開く。アメリカ西部開拓時代のスピリッツを持っている。

めろんぱん稲倉さんも当番でやってきていた。普通のアルバイトをするよりかは割が良いオファーが来たからやってきたそうだ。エライ!

その後は、お客様もご存じの通りの展開であったからあまり書くことは無い。いいぞ。今のところ炎上する要素は人生の先輩をじいさん呼びしたくらいである。

漫才新人大賞において、軽食のケータリングは決勝進出しなければ貰えないのだが、今日は予選と本選が一日に収まっているため、すでにたくさん用意されていた。お陰様で食費を抑えることができた。これだけで漫才新人大賞に参加して良かったと思える。

アマレス兄弟の太郎さんが、最近、積極的にコミュニケーションをとってくださる。私は多く話しかけてもらえば、それだけで好きになる童貞気質があるため、いまアマレス太郎さんが好きである。落ち着いて見るとかわいいお顔をされていて、好みである。

昨年、私が怒りの日記を書いてしまったときに、どうやら「漫才なのか論争」みたいな話をしてしまった(本当は書いていないのだが、みんなが勘ぐってそういうことになってしまった。今となっては自分はそう思っていたような気もしてくるから恐ろしいものだ)らしい。

そんななか、太郎さんは自分たちのネタが「漫才ではない」と思われているのではないかと気にかかっていたようである。私は昨年の時点から、そして今日のネタも含めて立派な漫才をされているなと思っていたから、その心配は誤りである。
私は漫才原理主義者のようにおもわれている節があるが、ぜんぜんそんなことはない。漫才は自由である。二人がマイクの前に立って会話をすれば(ネタによっては会話すらなくても)漫才と言えると思っている。非常に寛容な姿勢で漫才と向き合っている。
自由だからこそ見ていて面白いし、やっていて難しさがある。
というより、そもそもを言えばやっぱり、昨年の時点から「漫才じゃない」という意図の発言は一切なかったと思う。

いち・もく・さんさんは漫才じゃないかもしれない(←関係性があるからこそ言えるジョーダンである。叩くより称えあおう)。

それにしても疲れた。それはみんなもそうなのだろう。私は聖人なので、楽屋の忘れ物チェックもこなさせていただいた。ヘアジェルから衣装の伊達メガネ、小銭入れからタイピン、いろいろな忘れ物があった。お疲れさまでした。

以上である。歩いて帰宅する道中、鶯谷近くのLIFEで買い物をした。酒を飲みに行ったり、調子に乗って性風俗店に行くなどといった俗なことをしないのが私の良いところである。常に平常心を保っている。

私はLIFEのお惣菜で鶏軟骨の唐揚げが大好きであった。夜遅い時間に行くと半額になっていたりした。こんなにおいしいものがこんなに安く買えるなんて最高だと思っていたのだが、これがどうやら不人気すぎて終売になってしまったようだ。いや、終売ではないのかもしれないが、私が店を訪れた時点で既に売り場にはないのだ。
恐らくは毎日、半額となってしまうから必要最小限しか作らなくなってしまったのだろうと思う。残念過ぎる。とても美味しかったのに。

今日面白いと思ったことは「炎上を避けたが十分に面白い日記になったかと思う。ひひひ。」


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こんなつらい人生。ここに空き缶を置いておきます。