創作②

大学の入学式に行く途中、わたしの前に、女の子が降ってきた。降ってきた女の子の名前はすみちゃん。わたしは、この出会いを奇跡だと思っている。
「降ってきたなんてそんな…階段から足滑らせて落ちただけだし、降ってきたってふんわりした感じだけど、実際はどっしーんって感じだったし、ごめんねえ」とすみちゃんが眉毛すこしさげて困った顔でわらった。眉マスカラでふわふわの眉毛。頬がピンク色になって白い肌が際立つ。落ちてきたすみちゃんを受け止めたのはわたしだ。すみちゃんが落ちてきたとき、世界が少しくらっとした。わたしたちはこうして出会って、今では一番の親友だ。すみちゃんは女優さんになりたくて、大学に入ってからは花屋のバイトで貯めたお金でレッスンに行っている。そのことを教えてくれたのは一年生の10月くらいで、言ったらばかにされると思ったってすみちゃんは少し泣いた。そんなことするわけないのにとすこし呆れたけど、教えてくれたことが嬉しくて一生応援すると誓った。

「ねー、トキちゃんはさ、どんな人が好き?」大学2年生の夏に、すみちゃんと鎌倉に旅行に行った。「えぇ〜、好きな人が、好き?みたいな」鎌倉の海沿いのカフェでふたり、わたしは曖昧に答えた。正直タイプとかよくわかんない。「あぁ、わかる」と、すみちゃんがすごく細いストローでジュース吸う。おしゃれなカフェの謎ストロー、私は好き。鎌倉はとてもすてきなところだけど、やっぱりすごく暑かった。普段からそんなに外に出ないから、遠出はすごく疲れることだったけど、すみちゃんは涼しそうな顔をしていた。ミルクティーみたいな髪色が光を透かしてすごく可愛かった。すみちゃんは白いワンピースがよく似合う。海も、空も澄んでいて風が気持ちよかった。「こーゆーさ、カルピスにさ、レモンの…薄く切ったレモンをつけてくれる人と付き合いたい。」とすみちゃんが少し照れながら話した。「すごいピンポイントだな〜そんな人いるかなあ?」と笑ったら「いたら絶対好き。」って。その時のすみちゃんがキラキラしていて、少しドキドキした。

大学三年生の春に、すみちゃんは彼氏ができた。一緒にレッスンを受けている先輩らしい。それからは前よりも会う頻度が減ったような気がする。最初は、優先順位を下げられたことに怒りの気持ちがあったが、わたしもインターンに応募したり、説明会に参加したり忙しく日々が過ぎていった。ただ、自分が何かになりたいわけでもなく、なんでもいいからはやく終わらないかな、という気持ちだった。スーツを着て、何かわかったつもりでバタバタしている同級生に尊敬の気持ちもありながらやっぱり気持ち悪かったし、すみちゃんは、やりたいことがあって、すごいなと思った。でも私だったらそんな不安定な仕事やらないなと気持ちが少しだけ心の片隅にあってそれがなんとなく後ろめたくて思えてみないようにしていた。別に私も、何もうまく行ってないし。

秋、すみちゃんは違う大学の映画研究部のショートムービーに出演したり、その映画に出たキャストの紹介でまた小さい短編映画に出て、舞台挨拶をしたり忙しそうだった。わたしも見に行った。大きい映画館しか行ったことがなかったから、東京には規模の小さい映画館がこんなにたくさんあるんだと知った。古そうだけどふかふかな赤い椅子でメロンソーダを飲んで映画をみた。ここで私ははじめてすみちゃんの演技をちゃんと見た。いつものすみちゃんとは少し違う不思議な感覚、スクリーンから溢れていく光を、一生懸命目で追った。つまんないありふれた内容だ、と思ったけど最後は少しだけ泣いた。おわったあと、ワンピース姿で他のキャストと一緒に壇上に現れたすみちゃんは華奢で、少しだけ遠く感じた。パンフレットも購入した。すみちゃんのオフショットが載っていた。光の中で佇んでいる写真のなかのすみちゃん、この作品を撮るにあたってとかかれているとこのインタビューを読む。私が知らないところで、いや、知らなかっただけで私が想像できないだけの気持ちを抱えて作品を作っていたんだな、と思った。少しだけ寂しかった。

冬、すみちゃんは彼氏と別れた。浮気をしていたらしい。「あんなやつ一生売れないでしょ」と言ったら「トキちゃんだいすき!!」と言って、なぜか学校中を走った。ばかばかばかばか!と言いながらすみちゃんはわたしの手を引いてどこまでも走った。最初から、私はすみちゃんの彼氏の顔が好きじゃなかった。変な顔のやつだと思っていた。「トキちゃん、もうつかれたーーっ」と言いながらもすごく楽しくて、二人でゼエゼエいった。空気が鼻先と頬を赤くさせ、体は暑いのに先端だけつめたかった。すみちゃんはやっぱり少し涙目で、「あんなやつより早く売れるんだあ…」と小さく言ったのを、私は横で見ていた。レッスンの先輩は、カルピスにレモンの薄いやつをちゃんとつけてあげる人だったのかな、そんなことはもう聞けないけど。 

大学四年生になっても、すみちゃんはちょこちょこ映画に出ていたけど、特に有名になったわけでもなく、ずっとレッスンにも通っていたらしい。すみちゃんはいつも大きなオーディションでいいとこまで行くのに最終までは行かなかった。ものすごく目を腫らして学校に来ることもあって、どうしたのと言ったら、「お母さんと喧嘩した」とよく言っていた。「4年間でだめだったんだから諦めなさいって、いまからでも就活は遅くないからって」と俯いて言った。「すみちゃんがその道に進みたいなら就職なんてしなくていいよ、すみちゃんの人生だもん、親は関係ないよ」と子供のわたしは言う。そうだよね…とすみちゃんが暗い顔をして笑う。でも、お母さんの気持ちもわかる。すみちゃんが幸せならいい、とは心から思う。
すみちゃんはしばらく黙っていたけど、急に小さな口を開いて、

「わたしね、一生だれかが羨ましいんだ、トキちゃんは可愛くて、いつもまっすぐで、ヒロインみたい。キラキラしててさ。いいなあ…わたしは一生私なんだ、そんなの嫌だなあ…」

すみちゃんがそんなことを言うのは初めてだった。今までそんな弱音を吐いたことがなかった。なんでそんなふうに思うのかも私からしてみたら全くわかんなかった。必死でしぼりだすように口にしたそれに、わたしはつまんないこと言わないでよって、
「わたしはすみちゃんが1番かわいいと思ってるよ!ほんとだよ」
と言った。
ほんとに、心の底からそう思う。

「1番可愛いとか、そうゆうことじゃなくて…わたしは、きっと、ずっと主人公になりたいんだ…いつも…でも、主人公ってなんなんだろうね」

「すみちゃんは主人公じゃん、みんな自分の世界の主人公でしょ、だけど私にとってもすみちゃんは主人公で、、すみちゃんは私の主人公だから、それじゃだめなの?」

「…」

「今は、自分に酔ってて辛くなってるだけだよ、私から見たら本当にすごいんだよ、すみちゃんは、、!」

わたしは叫んだ。なんとなく、すみちゃんは根拠のない将来の不安に殺されてしまいそうだったから。

「トキちゃんには、わかんない。」
すみちゃんは言った。「一生、こんなの、絶対いや…」「…」「そうだよねこんなこと言ってごめんね」
すみちゃんがなにに悩んでいるのかわからない、いやわかる。
不安だよね。
不安だよそりゃ、だって私だって自分の未来が不安だし、これでいいのかなって思うし、でも、すみちゃんのやりたいようにやればいいのに。すみちゃんが悩んでることは、本当は中身が一つもなくて、だってもっとできることが、まだ何者でもなくて、まだ時間がある、でももう遅いのか、私はその辺わかんないし、ああ、今最低、わたしって、
私って本当は簡単に人を傷つけることが言える、
すみちゃんが1番傷つく言葉がわかる、

すみちゃんをばかにしているのはだれなんだろう、なにがすみちゃんを邪魔しているのだろう。そんなもの取っ払ってあげたい。だって、すみちゃんの演技を心からわたしは素晴らしいと思ったから。
ずっと頑張っているのを知っているから。
でも、わたしが1番すみちゃんの頑張りを知っているかって、近くで見てきたのかって、自信ない。私の知らない世界が、必ずあるから。

すみちゃんは結局就職しないであと5年東京でがんばることにした。わたしは普通の中小企業で事務の仕事をする。
すみちゃんはだいぶ親ともめたみたいだった。

「でも、よかったね。」
わたしたちは春の海に行った。穏やかな波をみつめる。すみちゃんの横顔に優しく夕陽がさして、まつ毛の先が透けている。
「トキちゃん。」
すみちゃんがわたしを見る。
時間がゆっくりになって
「何にもなれなかったら、ごめんね。」
そう壊れやすくて柔らかな声で言い、いまにもぼやけて消えてしまいそうな顔で笑った。
なんでそんな終わりみたいなことを言うんだろう、これからなのに、なんだかつらくなってわたしはすみちゃんの耳にキスをした。
ずっと気づいていたことがある。わたしはすみちゃんが好き。あの、階段から降ってきたあの日からずっと好き、でもこんな気持ちでいたらすみちゃんを心から応援するきもちが汚される気がしていたんだ、
すみちゃん、ごめんね。すみちゃん、好き。
でも、絶対言わない。
すみちゃんは笑って「なにするのー!」と言った。くしゃっと笑って目元にシワがはいる。

すみちゃん、女優さんにきっとなってね。わたしはずっと応援する。


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