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[人生にはBarが必要だ] 第12回 北海道夕張 バロン

今年もクリスマスがやってきた。
今回は、残念ながら閉店した想い出の深い1店をご紹介したい。

2010年クリスマスの北海道夕張市本町 梅ヶ枝通り。2007年3月6日に残念ながら財政再建団体へと転落した夕張市の歓楽街は人通りも無く、灯りの消えた飲食店が建ち並び、夕闇はとても物悲しい空気に包まれているが、昭和炭鉱最盛期には「不夜城」とまで言われ、日が昇るまでどのお店でも呑めや唄えやの大騒ぎだったそうである。

夕張バロンのバックバー

そんな古き良きの情景を思い描きながら一軒のジャズバーへ向かう。昭和49年開店の老舗ジャズバー「バロン」。古い木製ドアを開けると宮坂優子ママが笑顔で待っておりカウンターに座ってまずはサッポロビールでママと乾杯。ビールがグビグビっと喉元を通る瞬間が実に気持ちイイ。店名「バロン」は「男爵」の意味。しかしながら、「バロンで呑んでベロンベロンになってドロンする」という今は亡きマスターの洒落なんかもかけてあったりする。

「ふるさん、そこの後ろから好きなレコード選んでね。」

私の座るストゥールの後ろにある硝子戸付きのレコ棚には、ドラマーでもあった亡きマスターがコレクションしたジャズレコードがズラリと収納されており、一部の雑誌には1,500枚だとか2,000枚だとか書かれていたようだが、実質は1,000枚程度とのこと。それでもこれだけの数が揃うお店が、この夕張にあるとは驚きだ。

ビル・エヴァンスの直筆サイン

ママによるとマスターはジャズライブへ頻繁に足を運んだそうだが、ふと手に取った私の大好きなピアニスト、ビル・エヴァンスのビレッジ・バンガードでの演奏を収録したジャケット裏にはマスターがエヴァンス本人からもらった貴重なサインが書かれおり、ファンにとっては間違いなく垂涎モノである。

早速瓶ビールを飲み干し、今度はブラックNIKKAをロックで。ゆっくりとグラスを傾けていると、お店の両端にズンと構えるアルテックの巨大スピーカーからエヴァンスの切なくて美しいピアノの音色が流れ、ドラムとベースが身を寄せ合うようにこれを追いかけていく。ただひたすらに美しい音景である。

ママはこう言う。「マスターはジャズのレコードだけは絶対触らせてくれなくてね、レコードを置いているその戸棚にも必ず鍵を掛けていたわね。」という戸棚の中にはジャズのレコードが所狭しと収納されており、ジャズは全く知らなかったという優子ママもまるでマスターを労るかのようにそのレコード達を大切にしながら回している。

バロン 優子ママと筆者

ママは「私、喋るのが苦手でこういう商売向いてないのよ。」と幾分眉をひそめながら話すが、いやいや、そんなことは無い。素敵な笑顔とほんわかとした口調に癒される方も多いだろう。 

「こないだGLAYのTERU君がふらっと一人で来たのよ!」と、まるで子供のように目を輝かせながら話すママは、歳がずっと下である私が言うのもなんであるが、とても可愛らしい方だ。

そんなママも「やっぱり夕張には元気を出して欲しいわ。」と、ちょっと寂しげな面持ちで話すのを見て私もつい切なくなる。しかし、ママをはじめ、この夕張で頑張ってる大勢の方々とお会いしてきっと、いや、必ずやまた元気のある「夕張」が取り戻る日が来ると確信しながら今宵も杯を傾けるのである。がんばれ、優子ママ! そしてがんばれ、夕張!

アルティックでサウンドトリップ バロン(閉店)
北海道夕張市本町2-65


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