見出し画像

情報で捉える生物学入門#1 【生物は遺伝子の乗り物である】

生物は遺伝子の乗り物である。

リチャード・ドーキンス『利己的な遺伝子』

僕たちは、個体の特徴を決める遺伝子を細胞内に保持していると、生物学で習う。これはもちろん正しいのだが、生物個体を中心に据えた見方を脱却し、一歩引いて考えると、遺伝子は生命誕生から現在まで、生物の生殖というプロセスを通して、形を変えながらも子孫を受け継ぎ続けていると考えることもできる。そのような地質学的な時間スケールから見れば、生物の寿命は一瞬である。その意味で、遺伝子中心の視点で見れば、生物は遺伝子が自身の情報を受け継いで(コピーして)いくために利用する、一時的な乗り物でしかない、とリチャード・ドーキンスは主張した。

ここで注意が必要なのは、遺伝子には意思がないということだ。しかし、未来へ伝達するのが上手な遺伝子が結果として現代まで引き継がれているため、生物個体は自分勝手にふるまう遺伝子によって生存・生殖するようプログラムされた機械であるという見方ができるという意味である。さて、ここまで生物の主役を個体から遺伝子に切り替えて議論を進めたが、そもそも遺伝子とは何だろうか?


遺伝子・ゲノム・DNA・染色体とは何か?

これらは、20世紀以後の生物学の根幹をなす重要な概念で、最近はニュースでもよく耳にするが、これらの違いをふまえてきちんと説明することはできるだろうか?

  • 遺伝子は、特定の機能をもつ遺伝の基本単位(メンデル遺伝子)、または機能的情報をコードするDNA配列(分子遺伝子)である。

  • ゲノムは、全遺伝子、非コード領域、ミトコンドリアDNAなどを含めた生物の全遺伝情報である。

  • DNAは、デオキシリボ核酸と呼ばれる2重らせん構造をとる生体高分子で、遺伝情報の保持を担う。

  • 染色体は、細胞核内に存在するDNAとタンパク質から構成される棒状の複合体で、遺伝情報の発現と伝達を担う。

これらの定義には多少のブレがあるが、遺伝子とゲノムのグループとDNAと染色体のグループには根本的で、生命を理解するうえで決定的に重要な違いがある。つまり、遺伝子・ゲノムは抽象的な概念・情報で、物理的実体ではないのに対し、DNA・染色体は細胞内で観察できる物理的実体(あるいは媒体)である。

この違いをふまえると、なぜ減数分裂時の染色体の発見、DNAの2重らせん構造の提唱、ヒトゲノム配列の解読が偉大かが分かる。

メンデルはエンドウの種子の色や形といった遺伝子という仮想の情報が、親から子へと伝わることで生物の表現型の発現が起きていると提唱した。この理論はデータにフィットするのだが、メンデルの法則が有名になるには、20世紀初頭の減数分裂時の染色体の観察を待たなければならなかった。染色体は細胞分裂の際に母細胞から娘細胞へと伝わる棒状の構造だが、細胞分裂時の染色体の分離はただの棒が分かれる以上の価値を持つ。それは、減数分裂時に独立に分離するという染色体の挙動の解明によって、メンデルのいう遺伝情報が染色体という物理的実体を介して細胞内に実装されている可能性が強く示唆されたからだ。まさに、百聞は一見に如かず、である。

DNAの2重らせんは、ただDNAというひも状の分子の形を表現しただけではない。同時に、DNAという物理的実体が運ぶ遺伝情報がどのように複製されるかという問いへのモデルを示したのだ。(このDNAの半保存的複製は後にメセルソンとスタールによって証明される。)

逆に、ヒトゲノムプロジェクトは、ただ細胞内に眠る30億の文字列からなる暗号を解読したわけではない。ヒトという生物の設計図を明らかにしたのだ。AlphaFoldの開発された現代では、遺伝子の配列からタンパク質の構造が分かる。タンパク質の構造はその機能に直結している。ゲノムにはヒトに関するすべての情報が載っているので、理論上ゲノム情報のみから生命を作ることも可能なのである。(実際にはほぼ不可能であることは、今後遺伝子発現調節や発生などのトピックで扱う予定。)

生物を情報という視点から捉える

生物はとらえどころがなくてつまらない。チョウ、ヤシ、マツタケはすべて生物であり、僕らは見知らぬ物体と遭遇しても生物であるか生物でないか、なんとなくわかる。でも、生物はあまりに多様すぎるし、生物学を学校で習っても暗記することが多すぎる。

この連載では、一貫して情報から見た生命観を伝えてみたい。冒頭で引用した『利己的な遺伝子』は進化学や遺伝学の分野でこの考えを主張したが、情報の適用範囲はこれらの分野にとどまらない。確かに生物は多様で雑多なトピックを扱いがちであるし、以下のYoutubeの動画では生物学がいかに多様な領域を含むかを垣間見ることができる。実際に一つの切り口で全てを語るのは困難であるが、情報機械として生命・生物学をまとめることに注力してみる。

例えば、以下のような疑問を深堀していこうと思う。

  • なぜDNA、タンパク質の他にRNAが必要なのか?

  • 発生過程で同じゲノムからどのように多様な細胞種が生まれるのか?

  • 社会性動物の利他的な行動はどのように利己的な遺伝子から生じるのか?

今後の連載

次回の連載では、そもそも情報とはどういう意味か、明確にするために、生物学のための情報入門を行う予定である。それ以後は、分子・細胞生物学、動物解剖・生理学、植物解剖・生理学、遺伝学、進化学、行動・生態学といった幅広い分野が、情報の保持、複製、伝搬、発現、処理といった観点から統一的に扱えることを示す。

以前の連載『生物学を斬る』では、面白さを優先して雑多なトピックを扱った。その意味で奇襲の生物学入門といえるが、本連載『情報で捉える生物学入門』は幅広い分野を網羅するという意味では正攻法の生物学入門といえる。

参考文献

情報という観点から生物学をまとめた入門的教科書をあまり多く知らないが、本連載は以下の書籍から直接的、間接的に大きな影響を受けている。

リチャード・ドーキンスは、生物は遺伝子が子孫に情報を受け継ぐための一時的な乗り物に過ぎないと説く。彼は遺伝子中心の視点から、生物個体を遺伝子の自己複製のプロセスを助けるツールと位置づける。この観点は、生物学の基本概念である遺伝子・ゲノム・DNA・染色体といった要素の物理的及び概念的な性質を理解する上で重要である。

ChatGPTを用いて要約
サムネイル画像はDALL-Eにより生成



この記事が参加している募集

生物がすき