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逆噴射小説大賞2023個人的感想覚書

 今年もやってきた。
 何がだ?
 年に一度のお祭り、『逆噴射小説大賞』の季節が、だ。
 きっとこの記事を読んでいる奴らなら当然知っているとは思うが、念のため、補足をしておくと、逆噴射小説大賞とは、「小説の冒頭800字のみを投稿するコンテスト」のことだ。800字で完結する短編、という意味ではない。そのあとさらに続く3000字のショートショート、2万字の短編、4万字の中編、10万字の長編、あるいは、200万字を超える一大巨編シリーズ──それらの、書き出し800字だけを切り取り、撃ち合う。そういったイベントが存在するのだ。

 今回もたくさんパルプ小説が投稿されているので、現時点でピックアップをしつつ、備忘録的に感想を書いていこうと思います。
 ガッツリネタバレあるので、注意してください。


『討手は闇に』

 シンプルに滅茶苦茶格好いい。かなりクールな作品。のっけから登場する、盲目の剣士。フィクションでは絶対強キャラですし、みんな大好きですよね。伊良子清玄に無明逆流れ。私も大好きです。
 そして、その主役である藤川惣治郎のキャラの立て方がすさまじい。大体剣士の強さを示すなら、10人いれば10人が「剣士が敵を斬り殺すシーン」を描写すると思うんですよ。沢山の浪人をばったばったと切り伏せたり、あるいは、別の剣士と立ち合わせたり、鬼とか妖を退治したりとか、そういう殺しの技を見せることでキャラの格をあげていくのが、武士キャラを書くうえでの王道であり常道だとは思うんですが、この作品ではそんな私の発想の貧困さをあざ笑うように月の満ち欠けを視るというめちゃくちゃオシャンティーな方法で藤川の異形を描いてきます。侍キャラなのに、刀を抜くことなく強さを見せつける。かなりトリッキーな方法ゆえに下手をすれば説得力を欠きかねない諸刃の剣だとは思うんですが、見事に成功させているのがすごい。一発で読者に藤川の凄みを理解させてくるんですよね。
 そして、依頼をされるのは妖刀退治。異形の剣士VS妖刀そのものという、これまたワクワクしかしないマッチアップを提示してヒキ。つ、続きを読ませてくれ……!

『おかみ様の遣わすもの』

 女子学生が朝起きるところからスタートする。スマートフォンが壊れているらしい。田舎に住んでいるのか、修理をするために遠くまで自転車でいかなければならないというセットアップ。牧歌的な日常だなァ~とほのぼのと読み進めていくと、異常オブジェクトの出現。そいつらと女子学生が対話をしていくと、段々と不穏な雰囲気になっていく。この白装束の宇宙服というやつらは、対処法がある程度確立されている怪異らしいのだが、いよいよ主人公が連れ去られそうになってしまう。そこを偶然通りがかった猟師が、主人公を助ける形で終わる。猟師の中村さんは、一応は人型のオブジェクトである宇宙服を殺しても、さして罪悪感を感じているわけでもなく、むしろ獲物が取れてよかった的な雰囲気をかもしていて、なるほどね~なるほどなるほどこういう怪異が日常になじんでいる系のジャンルのやつね~と一週目は読み終わったのだが、なんとなく引っ掛かりを感じたので、最初から読み返していくと、主人公の女子学生の会話と、宇宙服の怪異のセリフが、妙にかみ合わない。
 あの、これ、もしかしてなんだけど、怪異は主人公たちなのでは……?

『貪婪王の婚礼』

 うおおおお! キャラが強い!
 圧倒的キャラ立てぢから。灰色犬顔老執事という主人公のウルシドを出せた時点で、もう勝ちなんですよね。もちろん(ここでいうもちろんとはフィクションの中でのお約束という意味)執事なので強い。姫様を守る老執事が弱いわけないんや。そして、自らの仕える敬愛する姫を生贄に差し出さなければならないというジレンマを抱えた男。葛藤。ウルシドの、MEXICOを歩く本物の男っぷりを描写したところで、肉球マッサージというあざというシーンも入れてくれる。キャラ属性盛りすぎや! 最高! 獣人スキーに対するサービス精神も忘れない姿勢には頭があがりません。
 そして後半、死んだはずのかつての仇敵らしき男から連絡が入る。提案されたのは姫を差し出さなければならない相手である、貪婪王の暗殺。第三の選択肢。メタ的にいえば、乗るのが常道ではあるが、考えなしに乗るのは危険だというのも読んでいれば伝わってくる。《惨劇織り》は信用できないし、たぶん生贄的な意味合いの姫様を捧げずに貪婪王を殺すということは、病に犯された国は助からないわけですからね(実は貪婪王が病をばらまいた根源で、マッチポンプを行っていたなんてことでもない限りは)。まあ、姫を取るか国を取るか。ヒロインを取るか世界を取るかというジレンマは、物語を盛り上げる王道の選択肢ですからね。そこで苦悶するウルシドもみたい。
 ウルシドのキャラが強いので、用意した困難を次から次へと与え続けるだけでもう面白いのが確約されてるのがもう勝ちなんですよね。パルプは魅力的な主人公を描ければそれで勝ち(言うは易し行うは難し)。

『ペンローズの迷宮』

 お、面白い……。時間遡行SF。なんだけど、どうやら単純なタイムトラベルやタイムリープではない模様。かなり複雑な次元操作のルールに基づいた特殊な時間逆行。現在? 未来? で起きている銃撃戦も相まって、読んでいて思わず手に汗握るほどの緊張感がありましたね。
 恐ろしいのは、読んでいてなにひとつわからないところ。理解できないのに面白いという、一見矛盾している感想を抱いてしまいました。これ、あれだ。初読時のグレッグ・イーガンの感覚に近いですね……。時間遡行のルールも、主人公の目的も、なぜ銃を持った兵士に狙われているのかも、一切説明せずにひたすらドライブし続けていく。でも確かに面白いんですよね。不思議。魔法を使っているとしか思えません。読者を信頼している作風、たぶんめちゃくちゃ高度なことをやっているんだろうなとため息をついてしまいました。

『夜山踏み』

 猟師、そして、狩りを題材にした伝奇ノワール。
 野生動物と魑魅魍魎の跋扈する山を舞台に繰り広げられるHACK & SLASH。一瞬の気も抜けない危機的状況と、人の姿をしたモノにすら容赦をしない主人公の冷徹さもかなり魅力的な作品。
 「殺生な」「猟師は殺生をするものだ」という科白のリフレイン演出もバチっと決まっていてすごいなぁと感じました。800字という極短い分量の中で、同じセリフの繰り返しをすると、普通ならくどさが出てしまいそうなものなんですが、そうなっていないのが手腕なのでしょう。きっとこの先、もっと大きな妖が出てるラスボス戦など、物語が最高に盛り上がったタイミングで、みたび「殺生な」「猟師は殺生をするものだ」を決め台詞として使ってくれるのだろうと思います。 

『盤蠱覚龍征伐譚』

 お、面白い……!
 龍の頭上に住む人々という、一種の神話的世界観を描いた作品。『ドラゴノーカ』みたいな設定でありながら、牧歌的な雰囲気はなく、終末災害の空気をまとったポストアポカリプス的な味わいも楽しむことができます。各種造語のセンスも、世界観を壊すことがないよう考え抜かれていて良かったです。「蕃古」→「万呼」→「竜が一万回呼吸をしたら滅びる」というタイムリミットの提示の仕方が洒落ていて、すごい好きですね。
 名前を奪われ、龍を喰らった王族の少年と、生き残りの少女が出会い戦いと冒険が始まるという王道ファンタジー開幕のスタートアップでわくわくが止まらないのですが、よくよく読み返すとお爺の死の謎も残ってるんですよね……。

『墳墓酒、悪霊』

 ダークファンタジーのダンジョンアタック。
 恐ろしい化け物が潜む迷宮を、慎重に進んで行く様子が緊張感をもって描かれていく。アウトローな文体で進んで行く前半も面白いですが、後半、主人公のクズさが出てくるパートが素晴らしいですね。
 自らの命をすべてにおいて優先し、他人を容赦なく囮として使う合理性。主人公がクズというのは割と批判的な文脈で使われがちですが、クズに極端に振り切れればそれはまた魅力になるというのは、デルウハ殿とかが証明してくれましたからね。

出典:『Thisコミュニケーション』/六内 円栄

 この冷徹で人でなしな主人公が、今後どういった危機に陥り、そしてその危機をどう乗り越えていくのか、続きが気になりますね。

『カバリとジャンには、夜がお似合い』

 おもしれ~~~~!!!
 ひとりの男の敵前逃亡。逃れられぬ死の貴婦人レディ・デスの強キャラ具合。示唆される主人公の能力。そして、新たなる試練、護衛任務。はちゃめちゃにパルプ・パワーとでもいうべきか、わくわくするような設定やキャラクターをずらりと並べられて、この800字を読んだだけで「こんなん絶対面白いじゃん」というのを確信させてくれる作品。このあと4万字だろうが10万字だろうがいくらでも付き合いますぜ旦那! と、いち読者として全力で身をゆだねることができる安心感。優勝です。間違いない。
 細かい部分で言うと、ヒロイン(?)のセリフ回しが好き。「あの晩、手を動かす十秒を惜しんだせいで三年かかった」とか「仲間を棄てるような負け犬に戦士の仕事は求めない。ただ、その力だけは…必要だ」とか、いちいち格好良くて痺れる。特に、「(前略)私が殺したお前の小隊は、自分たちはお前を逃がす囮だと笑って死んだ。死兵の強がりと笑ったが、実際お前は私の手から逃げ延びた。(後略)」のセリフは、「①死んだ味方たちのキャラ立て」「②ヒロインの性格」「③主人公の能力」とみっつの要素が伝わるように巧みに組み込まれていますよね。小説、に限った話ではないんですが、こういう長い科白回しを「説明臭いなぁ……」とか感じさせずに「かっけぇ……」って思わせるの、かなりの高等技術な気がする。
 最後に出てくるインガオリ、どこかの国のアクセサリなのかなと思って調べたら造語らしくてチビってる。

『かつて、オーメの採れた地で』

 面白いー。この手のオリジナリティあふれる独自設定のファンタジー作品は、やっぱり説明とドライブのバランスが難しいんですよね。念での戦闘における攻防力の振り分けのように、限られた800字というリソースを配分していかないといけないわけで。説明が足りないとせっかくオリジナリティあふれる設定にしてるのにその魅力が伝わらないし、かといってドライブさせないとそもそも設定だけ読ませる退屈なものになってしまうというジレンマ。同じファンタジー作品でも、慣れ親しんだ設定や単語を流用することで「いわゆるこういう事ね」と説明を一気に省略できるクッソ便利なテクが使える王道系統とは違い、ここが難しい。
 この作品は、かなりドライブ(アクション)を重要視していて、説明は必要最低限……というかほぼゼロにまで削ってますね。最重要設定であろう『オーメ』についてですらほぼほぼわからないという状況。それでもこの世界観の魅力が全然伝わっていないなんてことが起きてないのがウデマエ。主人公の動機。そして敵の目的。そういったものに深く関わっているのは断片的に示された情報から十二分に伝わってくるので、あとは主要キャラを魅力的に描いておけば、作中であるように「わからないことを教えてやる」と言われたら、糞、それは確かに知りたい。糞。と主人公だけではなく読者もページを捲る手が止まらないって寸法よ。
 その肝心のキャラの立て方もうまい。空間切断能力を使ったアクションや、食欲に支配された狂気や、殺人に対する忌避間を一切抱いていない野蛮性を見せておいて、ラストに意外しんじつを提示することで「おっ」と思わせるの、ワザマエ。


『その花は月を食む』

 おもろすぎる。
 いや、もしまだ読んでない人がいたら、まず何の先入観も持っていない状態で上のリンクから、本文を読んでほしい。













 読みました?
 タイトルと序盤の展開から、現代に生きる魔女。それも、花屋を営んでいる魔女モノが始まって、出だしは「ほーん、少年の恋を応援してる……ほっこり現代魔女系の作品かなー」なんて思ってたら、二人目の来客から不穏な空気が漂う。
 おっと……これはもしかして、ほっこり系ではなく、魔女を通して人間の醜さや愚かさを描くタイプの、『笑ゥせぇるすまん』や『アンテン様の腹の中』みたいな後味悪い系ホラーかな……?
 なんて手に汗握って読み進めてたら、いきなり少年漫画的なバトル展開が始まってめちゃくちゃびっくりしました。思わず画面の前で「嘘だろ!?」って声が出るレベル。
 いやー、すごい……すさまじい……。ここまで一気に急ハンドル切ることってあるんだ……ってなりましたね。
 でも間違いなく面白いし、物語として破綻しているというわけではないんですよ。読者の予想を裏切るだけなら、それこそサプライズ忍者理論を実践でもすればいいわけですし。
 でも、そうじゃなくて、事前にきっちりと提示した手札で、それを組み合わせて納得のいく展開を創っている。魔女、花屋、植物、呪い。フェアネス精神に則って、ミステリの回答編のように、いわば正々堂々手段を選ばず真っ向から不意討ってくるわけです。だから、ハンドルを切ったあとでも読者に「こんな破綻した小説なんか読めるか!」って不満じゃなくて「いったいこの先はどうなってしまうんだ!」っていう興味を抱かせることができるんですよね。はー、すっごい。



◆自作紹介

 ちなみに私も今年は2発、弾丸を打ち込みました。

1発目『幻獣搏兎 -Toglietemi la vita ancor-』

 バニーガールの幻覚に悩まされる殺し屋の話


2発目『死闘裁判 -Trial by Combat-』

 暴力がすべてを解決する裁判の話


 読んでね!

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