どんな選手も、必ずユニフォームを脱ぐ日がやってきます。それを決断した瞬間、様々な思いが頭を巡るでしょう。

野球しかやってこなかったから。
唯一頑張ってきたことだから。
野球以外に取り柄がないから。

引退に際し、将来を悲観する選手たちの声を何度も聞いてきました。一生懸命頑張ってきたことから退く怖さは、想像するに難くありません。

そんな不安を抱える選手たちに、必ずかけている言葉があります。

たとえユニフォームを脱いでも
あなたの価値は変わらない。

自分で納得して、最後を決めてほしい。
誰かのためにと背負いすぎないでほしい。
野球選手でなくなっても、人として何か変わるわけじゃない。

そんな思いがあります。

この言葉を初めて伝えた相手は弟たちです。

私には二人の弟がいます。一卵性双生児、いわゆる双子です。彼らは小学生のときに野球を始めました。色々なことがありましたが、お互い切磋琢磨し合い、高校まで続けました。

彼らの野球を見ることが家族の楽しみでもありました。休みの日は必ず、私と両親と弟たちの応援にいきました。早朝から日没まで球場にいるなんて当たり前。だからこんな野球狂(私)が育ったわけです。

彼らが高校三年生の頃の話です。
恐らく春先だったと記憶しています。

「ねーちゃんに話がある」
と、物々しい雰囲気で私の部屋に入ってきました。

大きな悩みや相談があると、必ずといっていいほど部屋にやってきます。
進路の話だろうと、なんとなく察しました。

数分間うつむいていましたが、やっと口を開きました。

「大学では野球をやらない」と、一言。
とても言いづらかったと思います。

小学校から野球を続け、中学も地元の強豪軟式チームに入り、高校は野球推薦で進学しました。プロ野球選手になりたいといっていたこともありました。当たり前のように大学でも続けるだろうと、家庭内でその空気感があったことは否めません。

彼らの懸念はたった一つでした。

ここでやめたら、両親が悲しむかもしれない。

そこで私は言いました。
「お母さんたちは、野球をやめるって決めてもガッカリなんてしないはずだよ。次の夢を絶対に応援してくれる。それとユニフォームを脱いだとして、なにか変わるわけじゃないから」
(もっと言葉は簡単だったと思いますが、こんな感じだったかと)。

私の両親は子どもに無理難題を押し付けたり、夢を強要するような人ではありません。それでも彼らは『ここまで野球を続けさせてくれたのに』という気持ちと、『活躍して喜ぶ姿が嬉しかった』という思いが交錯していたのだと予測します。あとは『期待にこたえられない』という不甲斐なさでしょうか(特に圧力はかけていないのですが、前者二つがそのように思わせたのかもしれません)。また、野球一筋だったので、他の夢を同じように追えるかという恐怖もあったのだと思います。

その後、両親に根回しをしました。しかし、その心配はいりませんでした。私が言ったとおり、弟たちの夢や気持ちを尊重してくれました。

彼らがなぜ苦しんだのか、私なりに考えてみました。

野球選手でいなきゃいけない
と、思っていたのかもしれない。

他に目標ができた。でも、両親は野球をやっている自分に期待をしているかもしれない。子どもの頃から続けてきて今更やめるなんていえない。野球をする姿を喜んでくれたから野球選手でいなきゃいけないんだ。

自分を縛りつけて、葛藤していたのだと思います。無意識のうちに他人軸に変わっていたのです。

彼らは高校で壁にぶつかりました。怪我もありましたが、上手な選手がでてくるでてくる。中学でそれなりに良い思いをしたので、彼らの中でギャップがあったのでしょう。実力の差です。彼らの中で『もうこれ以上うまくならない』と考えたのだと思います(そんなの続けなければわからないといえばそうですが)。

当時を忘れることはありません。

周りの様子や環境が重圧になることを、実感した出来事です。

好きなことで自分を縛り付けない。とても重要だと思います。
現在、彼らは望む職に就き草野球で大好きな野球を嗜んでいます。

―――

一生懸命取り組んできたことをやめるとき、とても悩むと思います。忘れないでほしいのは、夢や目標は途中で変わって当たり前だということです。

弟たちは他の夢ができ、それを追うことを高校三年のときに決めました。野球は幼い頃から続けていたスポーツのため、心底悩んでいました。

野球が好きだから続ける。
自分のためにプレーをする。

当たり前のことですが、それが難しくなってしまう環境があるのは事実です。甲子園に出場していたり、高いレベル(大学や社会人)でプレーしていた人ならば尚更でしょう。地元の星、なんていわれていたり。

誰かに褒められたり、評価されると嬉しい気持ちになります。これは野球に限ったことではありません。前向きな声がモチベーションに繋がることも確かです。ただ、人の評価に全てを委ねてしまうと危険です。他人の軸に支配され、自分の軸を失い、自尊心が傷つく可能性があるからです。

応援する我々も気をつけなければならないことがあります。それは、選手に対する何気ない一言です。

やめちゃうなんて勿体ない。

一番のNGワードです。

そんなのいわれなくても本人が一番わかっています。たとえ発した側に特別な意図がなくてもです。

そうやって背負いすぎてしまうと、周囲の期待にこたえたいという思いから『野球選手でいなくちゃいけない』という考えに変わってしまいます。それでは心が疲弊してしまいます。

何がいいたいかって

選手の皆さんは
辞めると決めたとき、
自分を責めてほしくない。

周りは無理強いなんて絶対にしません。もし、圧力をかけてくるような人がいたり、裏切られたなんていう人がいるのならば、そんな人の言葉に耳を傾けなくていいです。それは応援ではありません。あなたの人生はあなたのものです。堂々と新しい一歩を踏み出してください。

誰もあなたの代わりを走ることはできません。

自分の道を堂々と突き進んでください。

でも、

重圧に感じた理由があるんですよね。

不甲斐ないって思わなくていいんですよ。
よく頑張ったんです。だからこの結論(引退)に至ったんです。自分のことを優先し、大切にしてください。

あなたの人生です。