見出し画像

【翻訳】マフムード・ダルウィーシュ「母へ / この地には生きるに値するものがある」(パレスチナ)

母へ إلى أمي


私は恋しい
母のパンが 母のコーヒーが 母の手触りが

私の中で 子供心は大きくなる
来る日も 来る日も 一日のはじまりに

私は自分の命を心から愛する
もし私が死んだなら
私は母の涙を恥じるから

いつの日か 私が戻ったら
あなたの睫毛の飾紐で
私を受け入れてください
あなたの清き踵に洗礼を受けた草で
私の骨を覆ってください
ひと房の髪で あなたの服の裾に揺れる糸で
私を縛ってください

あなたの心の奥底に触れた時にはいつだって
私は神にさえなってしまうかもしれない 神にさえ……

私が帰ったときはいつでも
あなたの火で燃えるかまどの薪として
私をくべてください
あなたの家の屋上の物干しとして
私をかけてください
日が昇ってから沈むまでの
あなたの暮らしという礼拝なくして
私は立つこともできないから

私は老いてしまった
だから、子供心の星々を返してください
渡り鳥の雛たちと
あなたの待つ巣まで 帰り道を共にするために


この地には生きるに値するものがある  على هذه الأرض ما يستحق الحياة


この地には、そのために生きるに値するものがある

四月の戸惑い
明け方のパンの匂い
男たちに対するある女の祈り
アイスキュロスの本
恋のはじまり
岩を青々と覆う草
か細い笛の音をよすがに生きる母親たち
侵略者たちが思い出に抱く恐れ

この地には、そのために生きるに値するものがある

九月の終わり
熟した杏のように四十代を終える女性
牢獄に陽の差し込むひと時
動物たちの群れをかたどる雲
微笑んで死へ昇りゆく者達におくる民衆の叫び
暴君たちが歌に抱く恐れ

この世には、そのために生きるに値するものがある

この大地には女主人がいる
はじまりの母が おわりの母がいる
それはかつてパレスチナと呼ばれていた
それは今、パレスチナと呼ばれている
わが主よ、あなたがわが主である故 
私は生きるに値する

أُمَّهاتٌ تَقِفْنَ عَلَى خَيْطِ نايٍ は 直訳するなら Mothers who stand on a thread of  Nay ですが、ここをどう解釈するかは意見がわかれるところです。ある日本語・アラビア語バイリンガルの先生は、どんな小さなものに対しても暮らしの支えを見出すパレスチナ人の母親たちを謳い上げたものと解釈しました。一方で、あるアルジェリア人の友人は、笛がただの息を美しい音色に変えるように、世の中の母親たちがこの殺伐とした世に素晴らしいものを産み出すことを表現したものと解釈しました。ここでは前者を採用しましたが、後者も非常に美しい素敵な解釈だと思ったので、ここに書き留めておきます。

翻訳:ريحان السوغامي
画像:https://justseeds.org/graphic/palestine-will-be-free-graphic-care-package-2/

サポートで頂いたお金は中の人の書籍購入費になります。