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【選書探訪:有難い本より、面白い本の方が、有難い本だと思う。】「集中講義!アメリカ現代思想 リベラリズムの冒険」仲正昌樹(著)(NHKブックス)

キャッチコピー:井口雄大さん

[ 内容 ]
格差社会から地域紛争まで、喫緊の課題をどう読み解くか。
現実的な社会変革をめざす思想として、近年注目されるアメリカ発のリベラリズム。
社会全体の「平等」と個人の「自由」の両立を構想することで、自由をめぐる現代的課題を考察したロールズの正義論からリバタリアニズムにコミュニタリアニズム、ネオコン思想まで。
リベラリズムを中心とするアメリカ現代思想のあらましを、時代背景とともに明快に解説し、日本をはじめ現代の思想状況にリベラリズムが与えた影響を探る。

[ 目次 ]
アメリカ発、思想のグローバリゼーション
1 リベラルの危機とロールズ(「自由の敵」を許容できるか-戦後アメリカのジレンマ
自由と平等を両立せよ!-「正義論」の衝撃)
2 リベラリズムの現代的展開(リバタリアニズムとコミュニタリアニズム-リベラルをめぐる三つ巴 共同体かアイデンティティか-文化をめぐる左右の戦争 ポストモダンとの遭遇-リベラルは価値中立から脱却できるか)
3 ポスト冷戦期のリベラリズム(政治的リベラリズムへの戦略転換-流動化する「自由」 “帝国”の自由-「歴史の終焉」と「九・一一」 リベラリズムから何を汲み取るべきか)

[ 問題提起 ]
マイケル・サンデル教授は、「ハーバード白熱教室」で、政治哲学における基本的な考え方を、以下の4つに整理していた。

「功利主義」

「リベラリズム」

「リバタリアニズム」

「コミュニタリアニズム」

1つ目の考え方である功利主義は、個々人の喜びを増やし、苦しみを減らすことで、社会全員の幸福の総和を最大にしようという考え方である。

イギリスの哲学者であるジェレミー・ベンサムが創始者と言われている。

一人一人の喜びや苦しみを「量」として把握した上で、喜びから苦しみを引くと、その人の幸福がわかる。

その量を合計し、最大にするのが正しい行為であり、政策だという考え方である。

次に、2つ目の考え方であるリベラリズム は、通常の基本的人権として考えられる結社の自由、言論の自由といった政治的自由を尊重するとともに、いわば福祉の権利も重視している。

そういう意味では、福祉国家の思想ということになる。

他方で、3つ目の考え方であるリバタリアニズム は、政治的自由とともに経済の領域における自由を重視する考え方である。

自分が労働によって正当に得た物は自分のものと考えて、所有権を非常に重視している。

最後に、権利を重視する4つ目の考え方が、美徳を中心に正義を考えるやり方であり、コミュニタリアニズム と呼ばれている。

[ 結論 ]
リベラリズムやリバタリアニズムは、あくまでも人権というように個人を中心に考える。

しかし、コミュニタリアニズムは、人々が共にあることに注目し、共に考え、共に行動する共通性を重要視している。

さて、ランドの本が過ぎ去ったリバタリアンの時代の教典だとすれば、リベラルの時代の教典は、ロールズの「正義論」だろう。

とはいえ、この難解な大著を読むのは骨が折れる。

本書は、ロールズを中心にして、一方では、リベラル対リバタリアン、他方ではリベラル対コミュニタリアンの間で起こった論争を概観したものだ。

これだけ読んでも内容はわからないが、読書案内としては便利だ。

ロールズの本を批判したのは、ノージクの「アナーキー・国家・ユートピア」である。

これは、夜警国家的な「最小国家」以上の政府の介入はすべて自由の侵害であり、公平な分配なるものは存在しないとロールズを批判したもので、リバタリアンの必読書である。

経済学者の多数派もノージクと同じ意見で、公共財の供給など「市場の失敗」が起こる場合を除いて、政府の介入は正当化できないと考える。

所得の再分配は政治的な問題で、理論的に最適な分配というのは決められない。

これに対して、コミュニタリアンの代表であるマッキンタイアの「美徳なき時代」は、逆にロールズのように公正の概念を「無知のベール」などの合理的な推論によって求めることが近代の錯誤であり、倫理の基礎は社会に共有される暗黙のコードとしての「共通善」に求めるべきだという。

ここでは、リベラルとリバタリアンがともに前提している個人の自律性が否定され、人は生まれながらにコミュニティに埋め込まれた存在とされる。

リバタリアンとコミュニタリアンのどっちから見ても、ロールズの正義論は、中途半端な論理的に矛盾した思想であり、ロールズ自身ものちにこの立場を撤回した。

ただ、大衆レベルでは「公平」への欲求は効率より強いので、それについて何の基準も示さないリバタリアンは政治的な支持を得にくい。

他方、コミュニタリアンは、ギリシャのポリスとか戦前の日本のような特定の時代を規範として絶対化する傾向が強く、思想的な普遍性をもちえない。

こうみると、リベラリズムは、一種の政治的妥協であることがわかる。

それは、方法論的個人主義という点では、リバタリアンと共通だが、社会全体に共通の公正や公平などの価値が存在すると考える点では、コミュニタリアンに近い。

大陸のポストモダンからみれば、どれも19世紀的モダニズムの変種にすぎないが、「哲学の後進国」であるアメリカが経済的地位とともに学問的プレゼンスも大きくなってきた。

[ コメント ]
アメリカ的リベラリズムは、思想的には、退屈だが、これからの世界がそういう退屈な思想で動かされることは知っておいたほうがいい。

【参考記事】

[ おまけ:今日の短歌 ]

「歩きつつ本を読む癖電柱にやさしく避けられながら街ゆく」
柳澤美晴『一匙の海』

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