iPhone殺人未遂事件

 スマホが手からすっぽ抜けた。飛んでいった先は、書棚のガラス戸である。見事に割れた。
 新しいスマホを買って、ジェスチャー機能を見ていると「二度振ればフラッシュライトが付く」と書いてあったのでやってみたのだ。まるで魔法の杖ではないか、とやってみたら飛んでいったのである。
 書棚のガラスは割れたが、スマホは無事だった。買ったばかりのスマホだから、あわてて駆け寄ったのだがなんともなかった。
 一応、スマホケースと保護ガラスは付けていたのである。備えあれば憂いなし、転ばぬ先の杖、英語で言えばprevention is better than cure(治療よりも早めの予防)だ。
 そう言えば、以前、電車の中でiPhoneを操作していた男が、隣にいた男に殴られたという事件があったなあ、とおれは思いだした。割れたガラスの向こうの筒井康隆全集を見ながら、過去の記憶を辿りだす。
 加害者の男が、iPhoneを操作している男に「マナーを守りましょう」と注意したのだった。ところが、無視された。それで「言うことを聞かないので、かっとなって」殴ってしまったという事件である。
 おれは、その記事を読んでいくつか疑問を持った。
 通常、こういう記事を書く場合、「スマートフォン」と書くはずだ。だが、記事には「iPhone」と明記してあった。さらに操作していて殴られたという記述があった。
 ありがちな、通話をしていて「うるさいぞ!」ではないのだ。操作をしていて殴られたと言うことは、その操作によって隣にいた男が迷惑を被ったということである。
 なるほど。とおれはメガネをクイッと上げて、結論を導き出した。名探偵コナンは欠かさず見ているから、推理は得意である。
 まさか通常の操作で怒り出すわけがないし、iPhoneが親のカタキという訳でもないだろう。残った可能性が必然の答えとなる。極めて簡単な事件なのだ。
 つまり、iPhoneには操作上の欠陥があるのだ。
 回りに迷惑をかけるほどの、異常な操作が必要なのだろう。幸いにしておれは、Androidスマホのユーザーである。Androidでよかったと、おれは、その記事を読んで胸をなで下ろしたのだ。
 おれは、どんな事件だったか想像してみた。おそらくこういった展開であったはずだ。まず、男がメールを打つ必要に迫られた。
「打ち合わせに遅れそうやがな。念のためにメールしとくか。あのオッサン、時間に厳しいからな」とiPhoneを操作しはじめたわけだ。
 推測するに、その操作が独特なのだろう。
「まずアドレス帳を開かんとあかんな。え~っと、右足を上げて両腕を横に広げて、3回ジャンプ。よっしゃ、アドレス帳が開いたで。次は、山田さんやから、ヤ行か。げっ、よりによってヤ行かいな。これが一番難しいんや。右腕をぐるぐる回したあと、左にくるりと回転して……、いてっ、隣のおっさんにぶつかったがな」
 これを通勤列車の中でやられたのでは、確かに迷惑だ。「マナーを守りましょう」と言われても仕方がない。その記事を読んで以来、おれはiPhoneは決して使わないと決めたのである。
 職業柄、パソコンはMacも所持しているのだが、なんかお高くとまっているような気がして、「ええっと、触らしていただいてよろしいでしょうか」と緊張するのである。その点、Windows機はキャバクラのねえちゃん風で気が楽だ。
 iPhoneもクオリティの高い魅力的な造りなのだが、それだけに緊張しそうだし、そもそも値段が高すぎる。
 ちなみにおれが新しく購入したスマホは、動作も速くて実に快適。特に文字書き起こし機能は便利で、これでいちいちテープ起しを外注する必要がなくなるのである。カメラ性能もいいから、どうでもいい人物の取材ならこれで十分だ。カメラマンもいらないのだ。
 外注費が節約できてウハウハである。iPhoneで事件や事故に巻き込まれるよりも、何倍もお得なのだ。ああ、Androidスマホにして、本当によかった。
 iPhoneをお使いの方には、すぐにAndroidスマホへの乗り換えをおすすめする。iOSがバージョンアップされれば、いずれヤ行を出すために、バク転を要求される可能性だってあるのだ。
 非常に危険。脊椎損傷、待ったなしである。


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