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小話〜まぼろし〜

相変わらずブリストルは暑い夏が続いていて、少し汗ばむ心地の良い日を過ごしていた。
僕はいつも通り、ランチタイムは教室でサンドイッチと果物を食む。
いつも通りの日ではあるが、いつも通りではない。

その日は、誕生日だった。
なんとなくの気恥ずかしさも相まって、誰にも自分が誕生日だということを告げていなかった。
これまで何回も通り過ぎてきたスペシャルな日を、スペシャルな場所で何事もなく終わらせようとしていた。

"See you later"

そうクラスメートに告げて、僕はいつも通りの道をいつも通りに散歩する。
学校の目の前にはClifton collegeがあり、外周約20分のコースは食後の運動にちょうどよかった。

コースの終盤に、音楽科の校舎がある。
毎日ピアノや合唱が聞こえてきて、お気に入りの場所だ。
その日は合唱で、澄み渡る美しい歌声が透き通った青空とマッチして本当に気持ちがよかった。
僕は、ほんの少し、歩く速度を落とす。
降り注ぐ太陽の輝きと、美しい歌声を全身で浴びながら
"この道が永遠に終わらなければいいのに"
そんなことを思った。

とその時。

”Hey!!   Hey you!!"

素晴らしい余韻に浸っていると背後から誰かに呼び止められたのだ。

僕は、ゆっくりと後ろを振り返った。
そこには、紺色のチェックのスカートと白いシャツの制服を着たブロンドの女の子がいた。歳は高校生くらいだろうか。
僕が驚いたのは、声をかけられたことだけでなく、振り返った時にはすでに彼女は僕の横に並んでいたことだ。
そして、彼女が僕にかけた一言。

"You look so nice!! Sorry talking to you without thinking."

パブや観光地などで見知らぬ人と会話をすることはあったが、いきなり道で話しかけられたのは初めてだった。
 
刹那。
 
つまり…時間にして1秒にも満たない時間だろうか。
僕は呆気に取られていた。

「何か言わなきゃ」

謎の使命感に駆られた僕の口から出たのは、



"You look lovely too."




Uwa-Yatchimatta.

やっちまった。
素直にThank you.でいいものを、調子に乗ってプチナンパしてしまった。
日本で仕事をしているときに身につけた、
「とにかく女性は褒める」
という処世術がこんなところで出るとは…。
(余談だが、確かにその子は美人だった)
言ってしまったものはしょうがない。
少し話をしてみようか、いや、でももうすぐ学校始まるし…
地上から0.3mmほど舞い上がっていた僕。
すでに脳内のCPUはフル稼働していた。
とりあえず彼女のリアクションを待とう!!










ふふふ…😌

彼女は何も言わずに音楽科の校舎に微笑んで消えて行った。
僕の誕生日に出会った、幻のような女の子のお話。




あとがき
帰ってからホストファミリーがなぜかケーキを用意してくれていました。
食卓でこのエピソードを話して大盛り上がりしたのは、
言うまでもないです。


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