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かいぶつのうまれたひ #30

  目次

 それは、爆発ではなかった。
 エネルギーのベクトルとしてはむしろ逆――収縮である。
 周囲の地脈に内在する〈BUS〉が、着弾の瞬間、打撃点に向けて一斉に殺到。
 そこで、物理的な熱量としての振る舞いをやめ、ちょうど特殊操作系能力のように、概念的な意味へと姿を変える。
「貴様の歪みし絆、断ち切らせてもらった」
 その意味とは。
「あ……」
 タグトゥマダークが、呆然と声を漏らす。
 消えゆく己のバス停を前に、成すすべもなく声を漏らす。
 『こぶた幼稚園前』は、黒い〈BUS〉を脱ぎ去り、溶けるように消えてゆく。
 本来存在しているであろう、こぶた幼稚園の前へと戻ってゆく。
 ――契約の、破却。
 バス停使いとバス停の絆を、完全になかったことにする。
 それこそが、「覇停・神裂」の威力。
「あ……あ……」
「もはやお前の得物はお前の手を離れた。二度とお前の呼び掛けには応じない」
「な、に……ぃ……?」
 愕然と、バス停の消え去った己の手を見るタグトゥマダーク。
 その前に、篤は膝をついた。
 眼の高さが等しくなる。
「これは、即興だ」
 タグトゥマダークは答えない。こちらを見もしない。
「脚に兎の力を宿らしむる方法も、神裂という技も、俺には直前までまったく思いもよらない事柄であった」
 かまわず篤は、言葉を続ける。
「お前の死閃を間近まで感じた時、俺の心はかつてないほど研ぎ澄まされ、考えるまでもなく『道』が見えた」
 タグトゥマダークの顔が、ゆっくりと持ちあがる。
「『常住死身』とはそういうことだ。死を以て生を鍛える『道』だ」
 視線が、合わさる。
 兎の紅眼と、猫の妖眼。
「――これが俺だ。俺の生き方だ」
 静かに、そう言う。
 タグトゥマダークの顔が、一瞬引き歪んだ。
「黙れ……っ」
 瞬時に立ちあがり、そのまま五メートルほど飛び退る。
「認めるよ……あぁ認めるさ! 僕の負けだ」
 食いしばった歯が、軋んだ。
「だけど……これはキミの力と判断に負けたんだ」
 その妖眼にかつての余裕はなく、ただ不安定に揺れていた。
「キミの生き方に負けたんじゃ、ない……!」
 瞬間、タグトゥマダークの背後の空間に、裂け目が現れた。
「……! 待て!」
 届かぬとわかっていながら手を伸ばす。
 青年の体が、裂け目の中へと飛び込んだ。
 即座に界面下への入り口は閉じる。
 捨て台詞すら残さずに、タグトゥマダークは目の前から消えて失せた。
「逃がしたか……」
 忸怩たる思いが、篤の眉をひそませる。
「まあしょうがねーわな。あんな能力があるんじゃふんじばっとくわけにもいかねえだろーし」
 攻牙が横に立った。
「……それでも、どうにかして捕えたかった」
 重い石を吐き出すように、篤は息をついた。
 攻牙は軽く目を見開いて篤を見た。
「っておい篤お前語尾はどうした」
「む……」
 篤は、初めてそのことに思い当った。そういえば自分はさっきから「ぴょん」と言っていない。
「戻っているな。原因は不明だが……」
 自らの顎を掴み、目を伏せる。
「そうか、戻ったか……」
「何を寂しそうな眼をしてるんだよお前は!」
「寂しくは、ないさ。俺の胸の中で生きている」
「やめろその誰か死んだみたいな言い方!」
 篤は肩をすくめる。
「諏訪原くん!」
 呼びかけに振り返ると、藍浬がこちらに駆け寄ってきていた。
「霧沙希か……怪我はないか?」
「それはこっちの台詞! 血まみれじゃない!」
 言われて篤は、自らの四肢を見下ろす。
「むむ……」
 結構な深手を全身に負っていた。よくもまあ今まで体が動いたものである。
 ゾンネルダークの時よりも、さらにひどい。
「まあ、あの男に勝利するためには必要最小限の犠牲と言え……よう……」
 ぐらりと体が傾ぐ。
「あっ」
 藍浬が慌てて篤の腕を掴む。
「む、すまん……」
「諏訪原くん……聞いて……」
 目尻に透明な雫を湛えながら、藍浬は篤の脇に体を入れ、その姿勢を支えた。
「血で汚れるぞ霧沙希。大丈夫だ、一人で立て……る」
 彼女は大きく首を振った。
「聞いて、諏訪原くん。タグトゥマダークさんとわたしは、小さいころに近所に住んでいたの。辰お兄ちゃんって呼んでてね、すごく、仲が良かったわ」
「……そのようだな」
「それから、わたしはね、あっくんとたーくんを拾った時に、思ったわ」
「……?」
「あぁ、可愛いな……って。この子たちは誰かに似ているな……って」
 穏やかに世界を見続ける子兎と、泣き虫で寂しがりやな子猫。
 それらは、彼女の記憶にある二人の人間を思い起こさせたのか。
「この子たちが、諏訪原くんや、辰お兄ちゃんだったらな……そうならば、ずっと毎日一緒にいられるのにな……なんて。そんな勝手なことを、思ったの……思って、しまったの」
 それは、つまり、どういうことか?
「ごめん、なさい……こうなったのは全部わたしのせいです……」
 ぎゅっと篤の腕を抱きしめ、額を押し付けた。
「もう、大丈夫だから。わたし、もう揺らがないから。こんなことは、もう起こさないから」
「霧沙希」
「……だから、戻って諏訪原くん……!」
 藍浬がそう言った瞬間、にゅるんっ! という妙な音がした。
「うぉっ!」
 空気を読んで黙っていた攻牙が、思わず声を上げる。

【続く】

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