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かいぶつのうまれたひ #21

  目次

 わかったことがある。
 第一に、タグトゥマダークはやはりバス停を使って攻撃してきているということ。どういう仕組みなのかはわからないが、普段は素手だというのに、攻撃の瞬間だけバス停の刃が出現するのだ。
 第二に、タグトゥマダークの攻撃には、殺意があるものとないものの二種類あるということ。
 殺意があるほうの斬撃は、スピード、精度ともに凄まじく、敵の圧倒的実力を感じさせるものだった。殺意があるおかげで先読みの防御がどうにか間に合うのだが、連続で来られると恐らく防ぎきれまい。
 殺意がないほうの斬撃は、一変して質が落ちる。急所を狙ってくるわけでも、神速を誇るわけでもないお粗末なものである。しかし、殺意がないというのはただそれだけで脅威だ。ほとんど何のリアクションもできずに食らってしまう。
 ――遊ばれているな。
 そう思う。
 恐らく、息もつかせぬ連撃で畳み掛けられると、篤は瞬時に細切れになっていることだろう。タグトゥマダークは、一撃入れるごとに間合いを取り、こちらが体勢を立て直すのを待ってから次の行動に移っているのだ。
「第二次わくわく☆尋問タイム、はっじまっるニャーン!」
 またなんか言い出した。
「問い10:キミと僕は似てる感じがするニャン。けどそれは何故だと思うニャン?」
 迸る殺意。反応して、篤は得物を横に構える。
 瞬速の踏み込みと、彗星のごとき一撃が、滅紫の軌跡を描いた。
「応えて曰く:死。絶対なる終わり。それを見ざるを得ぬ者。最大の共通項はそれだぴょん」
 激突。散華。輝く粒子が舞い散る。篤は足を踏みしめて耐える。
 タグトゥマダークは追撃をかけようとせず、飛び退った。
「問い11:キミと僕は違う感じがするニャン。けどそれは何故だと思うニャン?」
 矢のごとき殺意。反応して、篤は体を半身にする。
 一息に、三回。三条の刺突が閃光の形を取って篤の姿を貫いた。
「応えて曰く:死に対する姿勢の違い。生を苦とし、死に向かう者。生を美とし、死を利用する者。その差異だぴょん」
 貫かれた篤の姿は残像。本物は一歩ずれた脇でバス停を振りかぶる。
 その瞬間、前触れなくこめかみが血を吹き出した。篤は弾かれたようにのけぞる。鋭利な傷跡が残った。殺意なき斬撃だ。
「問い12:似ていながら違う人を目の当たりにすると、なぜこうも殺意が沸いてくるんだニャン?」
 滲み出る殺意。篤は――防御も回避も期さず、ただ無造作に踏み込む。
 旋回とステップを駆使した、円舞のごとき横薙ぎが来た。冥い紫の平面が、視界を二分した。
「応えて曰く:己の悪意ある模倣を見ている気分になるのだぴょん……ッ!」
 最初の二撃を肩から背中にかけて受け、斬り裂かれるのにも構わず猛然と突進。
 何の脈絡もなく脇腹と太腿から血が噴出するが、無視。
「問うて曰く!」
 下手に避けようとせず、逆に前進したのが功を奏した。斬閃の内側にもぐりこむ。踏み込んだ足を軸に旋回し、旋回し、旋回。『姫川病院前』に遠心力を乗せる。強烈な横G。両腕が引っこ抜かれるような感覚。
 そして――慣性を解放。
 下からすくい上げるように、総身の力をひとつにして、『姫川病院前』をブチかました。
「貴様はなぜ死を希求するぴょん!」
「ッ!?」
 着弾。
 吹き荒れる〈BUS〉の狂風。爆音が世界を軋ませる。
 芯を捉えた打撃の反動が、篤の全身を駆け抜けてゆく。
 空が、広がる。タグトゥマダークの体は天高く浮き上がった。
 きっちりとバス停で防御しているようだが、体全体にかかる衝撃はどうしようもない。望まぬ滞空を強いられているようだ。
 その間、篤はバス停を振り抜いた姿勢から、流れるようにコンクリート塊を後方に向けた。そしてギターを持つように支柱を両手で握り締め、空中の宿敵を睨み付ける。
「応えよ! タグトゥマダーク!」
 瞬間、地面に向けられたコンクリート塊が爆裂。〈BUS〉をガスバーナーのように噴射し、篤の体を上空へ射出した。押し広げられた大気が白い輪を形作り、噴進する篤の軌跡を強調する。
 空中のタグトゥマダークへと。
 一直線に突貫する。
 腹の底から、必殺の気合が迸り出る。
 ここから放つ重撃は、回避不能の空中において、確実に敵手を粉砕することだろう。
 腕に力を込め、接触の機を待つ。
 瞬間、タグトゥマダークの体が空中でくねり――消えた。
「っ!?」
「――吠えれば」
 かすかな声。
 背後から、声。
「勝てるとでも?」
 三日月が、嘲笑いながら走り抜けた。
 優美な軌跡の踵落としが、篤の脳天を捉え、叩き落した。
「ごッ、が……!」
 頭の中で超新星爆発。
 受身も取れず、屋上に叩きつけられる。一瞬遅れて、業火に焼かれるような痛みが全身を舐め始める。
 篤は意識が暗くなってゆくのを自覚した。
 が――篤は目を見開いた。
 白く、長く、ふわふわしたものが、視界に垂れさがってきていた。
 ――おぉ。
 それは、美なるもの。
 ――おぉ……!
 侵されざるもの。侵されてはならぬもの。
「お、お、おぉ、ぉぉぉ、おおおおおおおおおぉ……!」
 叩き潰され、薄汚れ、赤く染まり、力なく。
 もはや、ぴんと伸びることもなく。
 本来ならば汚れもなく純白であったはずのそれは。
 ウサ耳は。
 篤の、誉れは。

【続く】

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