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空白領域に刻まれし叡智

  目次

 アンデッドの全軍が王国内に入り込んだことを確認したフィン・インペトゥスは、ようやく作戦が大詰めに入ったことを悟った。

「全騎、散開! それぞれ〈聖樹の門ウェイポイント〉から転移し、禁止ライン上のしめ縄をすべて斬り落とすであります!」
「了解!」

 樹精鹿騎兵たちがぱっと分散し、水球のような転移門の中へと消えていった。

 ――そも、禁止ラインとは何か。

 王国南部にしめ縄で形成された、巨大な円形の領域のことである。しめ縄によって区切られたことで、この内部は禁厭法の霊力が及ばぬ空白地帯と化していた。アンデッド軍団はこの中に散らばっていたのである。
 フィンが立てた作戦の要諦は、ギデオンに禁厭法の性質を誤解させることにあった。
 王国と〈化外の地〉の境界にあるしめ縄を燃やし、突破口を作ったアンデッド軍団は、そのまま奥へと突き進んでいった。そして森の内部にも一定間隔でしめ縄が樹木に巻かれているのを確認し、これを慎重に斬り落として安全な領域を広げていった。そうして不死の軍勢は森内部に散らばらせ、王城で状況が動くまでの間、こちらの目を引き付けておくおとりの役割を担わせる。
 ……と言うのがギデオンの立てた戦略であろうと思われる。
 しかし、彼は誤解していた。正確には、フィンが意図的に誤解させていた。総十郎とオブスキュア祭祀たちが紡ぎあげた禁厭法は、そのようなものではないのだ。
 まず、森の中でアンデッドたちが斬り落としたしめ縄は、すべてダミーである。何の効力もない、ただの縄だ。どういう呪力も宿っていない。これをエルフたちに大量に巻いてもらい、アンデッドたちに斬り落とさせることで、「しめ縄を断てば安全な領域を自力で造れる」という誤解を与えたのだ。浄化の力はしめ縄から放射状に発散されるから、これさえ破壊すれば禁厭法は破れる、と。
 事実はそうではない。禁厭法の呪力は、液体に近い性質を持つ。しめ縄とは「液体が流れる範囲」を設定する目印に過ぎず、浄化力の根源などではないのだ。
 この状態で禁止ラインを形成する本物のしめ縄を斬り落とせば、どうなるか。
 その答えが、今フィンの目の前で実演されていた。

「――白銀錬成アルギュロペイア斬伐霊光ロギゾマイ――」

 くねる銀閃が一瞬にして視界の果てまで伸長。しめ縄を次々と切断してゆく。
 そして。
 霊圧、とでも呼ぶべきものが背後から押し寄せ、せき止められていた浄化の力が奔流のように流れ込んだ。
 樹々の間を透かして、浄化の焔が眩く燃え上がる。数万はいたアンデッドどもが白く炎上し、瞬く間に消し炭と化してゆく。

「すごい! 成功ですね!」
「まだ油断は禁物でありますが……残敵の確認は難しいでありますね」

 禁止ラインが形作る領域とて広すぎて騎士五百人程度では到底確認しきれない。そこは禁厭法の力を信用するしかないだろう。
 ……半ば博打めいた作戦であった。アンデッド全軍が森の中に入り切る前に、ギデオンが詐術に気付いた場合、即座に〈化外の地〉へと脱出されてしまい、国境線上での泥沼の消耗戦を再開せねばならないところであった。かなりきわどい綱渡りである。
 樹精鹿騎兵たちを巧みに機動させ、誘い出し、追い散らし、囲い込み、分断し、適度に損害を与えつつ、間違っても禁止ラインを越えることなどないようその分布をコントロールする。遺伝子の空白領域イントロンに刻まれた軍略の知識をフル活用し、フィンはこの難行を成し遂げたのだ。
 だが、勝利に酔いしれている暇はない。

「――王城へ! そこにギデオンどのがいるであります!」
「はいっ!」

 ●

 まんまと一杯食わされた。
 霊体化したギデオンは、五万以上はいた自らの眷属たちが、今の一瞬でことごとく浄滅されたことを悟った。
 一体たりとも生き残らなかった。

 ――罠か……

 縄を切れば安全な領域を作れるという発想自体が敵の指揮官に誘導されたものだったのか。
 こうなればもはや一刻の猶予もない。〈聖樹の門ウェイポイント〉を通じ、あと数分でオブスキュアの騎士たちがここに殺到してくる。

「〈道化師〉! 道を拓け。玉座は下だ!」
「了解。焦って幽骨に触んないでよ?」
「――見逃すとお思いかね?」

 声とともに、大量の紙人形が雲霞のごとく殺到してきた。

「むっ」

 瞬く間に〈道化師〉の全身に張り付き、その視界を塞ぐ。

「うっとおしいな」

 顔に張り付いた紙を引き剥がすと、〈道化師〉の目の前には抜刀の構えのまま銃弾のごとく飛来した青年がいた。

「っ!」

 顔を引き攣らせて、力を振るう。青年の全身に幻影蔓が絡み付き、拘束。

「……はじめて血相を変えたね、〈道化師〉くん?」
「ふん、それは認めるけど、僕の動揺の原因が今の奇襲だと考えているのなら、実におめでたい考えだねとは言っておくよ」

 そして、獰猛な笑みを浮かべた・・・・・・・・・・。ギデオンは少々驚いた。常に余裕を保ち、ゆったりと微笑むのが常だったこの少年らしからぬ態度である。

 ――何が起こっている?

【続く】

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