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かいぶつのうまれたひ #4

  目次

 それはもはや殺傷力すら伴う違和感だった。謦司郎と並ぶ超イケメンとして定評のある二年三組の星殴せいおう惟平ただひらは衝撃を受けるあまりエレガントな気絶して地面へと芸術的に倒れ付し、彼をストーキングしていた一年二組の景山かげやま翔子しょうこは口に含んでいたウィダーインゼリーを吹き出す勢いで下顎の親知らずのパージに成功。そのそばを歩いていた『謦司郎様親衛隊三大幹部』などという忌み名で知られる菱川ひしかわ涼音すずね火楽ほのぐら火輪かりん剛闘ごとう厳蔵げんぞうら三人は爆笑を抑えようとするあまりミオクローヌス発作のごとき痙攣症状を引き起こして呼吸困難に陥っていた。
「篤……お前……ちょっ……それ……お前っ! なんという……なんという!」
 わなわなと全身を震わせる攻牙。
 篤はその頭をつかんでぐりぐりする。
「攻牙か。相変わらずお前は小さいな。第一胃の食物をよく反芻してから第二胃に放り込めとあれほど言ったではないか」
「なんでいきなり家畜扱いなんだよ! 自分の発言がおかしいことに気づけ!」
「そして牛乳を体内で生成できるようになれば、さすがにその図体も改善されるだろう」
「なんなのお前! なんなの!」
 後ろから追いついてカワイイを連呼しまくる射美と一緒に、ウサ耳の事情を問い詰める。
「いったいどんなピタゴラスイッチ的事件連鎖が降りかかればそんな状態になるんだよ! むしろどこの国の刑罰だよ!」
「三行以内で説明するでごわす~♪」
「うむ、起きたら生えていた」
「一行もいらなかったーッ!」
 射美は目を輝かせながら、前後左右あらゆる角度からウサ耳を眺めまわした。
「でもかわいいでごわす~ラブリーでごわす~ギャップ萌えでごわす~」
「むっ!」
 なぜか脂汗を滲ませながらウサ耳を手で隠す篤。
「や、やらんぞ……これはやらんぞ……やるものか! も、ものか!」
「全力でいらんわ!」「えぇ~、ケチ!」
 頬を膨らませる射美に、攻牙は唖然と振り返る。
「お前欲しいの!?」

 攻牙が吠え、篤が思索に沈み、射美が妙なことを言い出す。
 約一名の頭部および周囲の惨状を除けば、いつも通りの登校風景となっていた。

 ●

「……いいねえ……友達……いいねえ……」
 カリカリカリカリカリ。
 電柱の陰から、篤たちの姿を眺める者がいた。
 タグトゥマダークである。
「……イジられキャラって楽だよねぇ……」
 カリカリカリカリカリ。
 親指の爪をかじっていた。
 篤が、攻牙と射美に囲まれて問い詰められているさまを見ている。
「……自分は何もしなくていいんだもんねぇ……」
 カリカリカリガギィッ!
 噛み千切った。
「って、痛ぁーーー!?」
 のたうち回って電柱に頭をぶつけた。
 頭のネコ耳が、ぴくぴくと痙攣する。
 しかし、そのさまは深々と被ったニット帽によって隠されていた。

 ●

 そいつが物陰から現れた時、篤は何か異様な感覚に囚われた。
 例えるならば、歪んだ鏡を目の当たりにしているかのような。
 妙な、気分だった。
「あいたたた……」
 そいつが呻く。
 道路に転がりながら、後頭部を押さえつけている。長い手足が絡まっていた。可動式フィギュアの頭を掴んで思いっきり振り回したのち地面に放り投げればこんな姿勢になるのかもしれない。
 なぜかこの暑い中、黒のスーツに黒のニット帽を被っている。着こなしは、かなりだらしない。スーツはだぶつきまくりだし、ネクタイは結び目が歪んでいる。
 年の頃は篤たちよりも少し上といったところ。容姿は爽やかイケメン。しかしタレ目な上に挙動が間抜けすぎるので、カッコイイという印象からは程遠かった。
 周りの学生たちも、新たに現れたこの不審者を訝しそうに眺めては、しかしもう関わり合いになりたくないのが見え見えな態度で歩み去ってゆく。
「あっ、タグっち」
 射美がそいつを見て声を上げた。
「うぅ……ぅ……」
 青年は呻きながら篤たちのほうを見た。
 射美、攻牙、篤の順に視線を巡らせる。
 三人もまた、なんとも形容のしようがない視線で青年を見返す。
 しばしの沈黙。
 微妙なる沈黙。
 痛々しい沈黙。
 青年の顔が歪んだ。
「――死にたい! 死のう!」
「あぁ! ダメでごわすよタグっち! まだ何も言ってない! 何も言ってないでごわすよ~!」
「いいもんいいもん! 言われなくてもわかってるもん! みんなどうせ僕のことをアホで間抜けで空気が読めない天才のイケメンだと思ってるんだ! それほどでもないよ!」
「……あ、あれ? 途中から言ってることが違う……?」
 攻牙が頭をかきながら射美を見た。
「あーつまりなんだ? あの生き物はお前の仲間か?」
「ふっふっふ、そーでごわすよ? コードネームはタグトゥマダーク! 愛称はタグっち! めっさぽん強いでごわすよ~?」
 篤にはとてもそうは見えない。
 ――動作は隙だらけ、殺気も闘志も感じ取れない、体はなよなよしている、しかもタレ目。
 タレ目は関係ない。
 だが、それでも篤はタグトゥマダークから目を離すことができなかった。
 何か――既視感を刺激された。
 自分は毎日あの姿を見ていたのではないかという、錯覚。
 もちろん錯覚は錯覚だ。あの男には今日はじめて会う。
 そのはずだ。
「そのタグトゥマダークが何の用だ」
 篤は静かに問いかける。
 声に反応し、タグトゥマダークがこっちを見る。
 眼が、合う。
 なにか濁ったものが流れ込んでくる気がした。
「わくわく☆尋問タイム、はっじまっるよぉー!」
 なんかいきなり叫びだした。

【続く】

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