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かいぶつのうまれたひ #23

  目次

 攻牙はこういう時、脳内に第二第三の自分を作り、一瞬でそいつらと相談するという癖があった。
 ――脳内有象無象ども! てめーらの意見を聞こう!
 即座に脳のあちこちから意見が上げられた。「受け入れろ。ここはそういう世界だ」と大脳辺縁系在住の脳内暗殺者が吐き捨て、「死とは一種の相転移に過ぎない。恐れるなかれ」などと海馬在住の脳内武術家が嘯き、「君の死は作戦の範疇だ」と脳幹における本能のうねりを監視していた脳内陸軍士官は冷徹に丸眼鏡をクイッとやり、「お前の死を乗り越え、俺は必ず世界を救う!」と脳下垂体に巣食う脳内魔王と対峙していた脳内勇者は涙の決意を固め、「あの、あれだから、いわゆるその、あれ、なんていうかなぁ、バッドエンド? デッドエンド? とにかくそういう感じでな、もうあれだな、せっかく女の子が二人もいるのにフラグの一つも立てないからこんなことになるんだぞバカだなぁアッハッハ」と視床下部の狭間で寝そべっていた脳内親父が爽やかに笑った。なんでここにいるんだ穀潰し。
 鋼鉄のひしりあげる悲鳴が、攻牙の益体もない思考を中断させた。
「……!?」
「くうっ!」
 同時に、前から何かがぶつかってきた。
「わぶっ」
 誰かの背中だ。
「攻ちゃん! 怪我は!?」
 ――え。
 背中ごしに聞いてくるその甘ったるい声は。
「……お前」
 鋼原射美!
 バス停『夢塵原公園』を構え、タグトゥマダークの斬り上げを受け止めている。
 なんか身を挺して庇われてしまったようだった。
 ――くそっ! ちょっとカッコいいじゃねえか!
 射美のくせに! ちょっとこれ弱すぎだろ(笑)などと第二部で嘲笑されたであろう鋼原射美のくせに!
「不愉快な空気を感じるでごわすー!」
「気のせいだ! それよりお前いいのかよ! 明らかに裏切り行為だぞ!?」
「うっ、それは……」
「何も考えてなかったのかーッ!」
 ――瞬間、気温が急激に下がった。
 攻牙と射美は、はっと前を見る。
 タグトゥマダークがバス停を界面下にしまい、軽く首を傾げて射美を見下していた。
「えっと……何なのかニャ? 射美ちゃん。ちょっと僕混乱してるんだニャン。君のその行為がどういうつもりなのか、よくわからないんだニャン」
「た、タグっち……」
「あ、うん、わかってるニャ。射美ちゃんのことだからきっと何か事情があるんだニャン。悩みがあるならお兄さんに言ってみるニャン?」
 頬が引き攣れ、笑みを刻む。しかし、眼は笑っていない。
「あ、あのぅ……」
「うん」
「実は……」
「うんうん」
「す、諏訪原センパイと攻ちゃん、殺さないような方向で済ませられないかなぁ~、なんて……思ったり?」
「え?」
「だ、だから、誰も殺さなくても、いいんじゃないかなぁ、って思ったんでごわす」
「え???」
「うぅ~! 殺すのやめてくださいって頼んでるんでごわすぅ!」
「え?????????」
「ううううううぅぅぅぅぅぅぅ~!」
「死ね」
 界面下より抜停し、おもむろに斬撃。
 微塵の躊躇いもなく。
 恐らくは、射美がどう応えようが仕掛けるつもりだったのだろう。それほどまでに太刀筋は冷たく、耽美なまでに残虐だった。
 射美は、眼を見開き、凍り付いていた。
 が――
「ぴょんッ!」
 横合いから、凄まじい力で突き飛ばされる。「わっ!」「きゃんっ!」攻牙と射美は宙を舞い、倒れ伏した。
 見れば、今度は篤が『姫川病院前』で処刑の一撃を受け止めていた。硬質の激突音と同時に、異なる意志に統御される二振りのバス停が反発して光の粒子を撒き散らした。
「二人とも、無事かぴょん」
「無事じゃねー!」
「うむ、何よりだ。急いで立つぴょん。油断は禁物ぴょん」
「てんめえ……」
 攻牙は跳ね起きる。
 そして競り合う二人を見る。
 タグトゥマダークのバス停が、今ようやく、姿を現していた。その看板部位には、タグトゥマダークの得物の真名が、克明に刻み込まれている。
 『こぶた幼稚園前』。
 攻牙は思わず脱力して倒れ伏した。
 いいけどさ!
 別にどのバス停を使おうがいいけどさ!
 次に目に入ったのは、敵のバス停の握り方である。
 基部のコンクリート塊を先端に据えて振り回す握り方を「逆持ち」と言うらしいが、タグトゥマダークの握り方は「逆手持ち」とも言うべきものだ。コンクリート塊のすぐ近くを持ち、小指側から刃となる看板が伸びている。
 バス停を持つ拳が地面に向く形で、振り下ろしていた。
「せいッ!」
 〈BUS〉の光が激発する。
 篤が力任せにバス停を押し込み、相手を突き飛ばしたのだ。
 しかし、
「ふむ……やっぱり力比べじゃかなわないニャン」
 体制を微塵も崩すことなく、タグトゥマダークは着地する。
 血塗れの篤は、据わった眼でそれを見ている。
「今……何をしようとした……」
 重い声で、篤は問いかける。
「え? はぁ? 僕なんかやったかニャン? 気のせいじゃないかニャン?」
 瞬間、その双眸がカッと引き剥かれた。
「何をしようとしたのかと聞いている!!」
 一喝。
 空気が帯電したように震えた。

【続く】

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